慶長15年1月京

正月をだいぶ過ぎたころ、松井興長から折り入って話がしたいと誘いがあった。

九州小倉から江戸に向かう道すがら、興長はしばらく京の細川屋敷に滞在するという。

「柳生四天王の木村重郎を討ち果たしたとはたいしたもの。小野忠明にも勝った。これで、宮本どのが当代随一の剣術使いであることはまちがいない」

興長は烏丸光広卿と同じことを口にした。

「柳生新陰流を深く知らずに挑み、勝とうとする焦りを見透かされて手玉に取られました。それで、一晩中でも相手をしてやろうと覚悟を決めて相手に攻めさせ、それで勝ちを拾ったのです」

無三四は手短に木村との戦いを語った。

興長はそれ以上のことはたずねず、

「佐々木小次郎をご存知かな」

と言った。

「名前だけは」

「越前の出で、幼少のころ冨田勢源の中条流を学び、諸国廻行をして山伏修験道を基とする巌流という独自の流派を打ち立てた」

興長の表情が曇った。

「・・・・・」

「大殿が大病を患って弱っているところへ、その怪しげな山伏修験道の講釈を垂れて入り込み、今や細川藩の兵法指南役だ。もとは越前から流れて来た名も知れぬ武者修行者だが、豊前国の豪族の佐々木本家の娘婿となり佐々木巌流小次郎と名乗るようになった。元々かの地の地侍の佐々木一族には気配りせねばならない事情をよいことに、藩内の若手たちを道場で鍛えて信奉者を増やしている。そこまでならいたしかたないが、最近では藩政にあれこれ口をはさむようになった。大殿の庇護を受けておるので、誰も諫めることができず、小次郎の驕慢さだけが日々募っている」

興長は細川家の内情をぶちまけた。

・・・これも、興長と無三四の近しい関係がそうさせるのだろう。

ひと息入れた興長は膝を進め、

「これは内密な相談事だが・・・」

辺りを見回してから声をひそめ、

「佐々木小次郎を討ち果たしてもらえまいか」

と言った。

そうとうな覚悟で言っているのが、その思い詰めた表情からよく分かった。

「無三四どのを黒田藩の剣術指南役として、小次郎との御前試合を画策するので受けてもらえまいか。細川と黒田は隣接しているとはいえ、黒田長政さまが一時召し抱えた後藤又兵衛と明石掃部との関係で犬猿の仲じゃ。両藩を代表する剣術使いの御前試合となれば、大殿も喜んで裁可しよう」

興長はきっぱりと言った。

無三四は腕組みして考え込んでしまった。

「・・・しかし、これだと、興長どのが下心があって御前試合を画策したと佐々木さまにばればれです。試合を受けようとはせず、その上、大殿に興長どののことを悪く言って失脚させようとするのではありませんか」

よくよく考えて無三四が言うと、今度は興長が考え込む番だった。

「わが父無二斎が細川藩の隣りの黒田藩の剣術指南役をしております。父に細川藩の佐々木さまと御前試合をしたいと言わせてはいかがでしょう。細川の大殿も黒田の大殿も関ケ原の勇者で大の武術好きです。受けないはずがありません。大筋の話がまとまり、父がこの大役を拙者に投げてくれれば、拙者が代役で佐々木さまと試合ができます。関ケ原では、拙者は黒田軍に陣借りをしたので、まんざら黒田と縁がないわけではありませんし」

と無三四が考えを述べると、興長がはたと膝を打った。

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