慶長12年12月京(その4)

『相手に攻めるだけ攻めさせ、疲れさせてからじっくりと料理するのが柳生の剣法だ』

今にして、無三四は、ひとづてに聞いた新陰流の剣法を思い出した。

次第に暗さを増す闇の中の戦いに、木村も不安を感じているのかも知れない・・・。

無三四はそれ以上打ちこみをせず、正眼に構えた長刀の切っ先を木村の左目につけ、鍔の陰にからだを隠すように身構え、相手の攻めを待った。

これは吉岡憲法と戦ったときに学んだ剣法だった。

無三四が疲れて打ち込めなくなったと思ったのか、満を持したように、半間の間合いの中にずかずかと入ってきた木村は、いったん鋭い切っ先を無三四の胸に突きつけ、ゆったりと長刀を頭上に持ち上げた。

『死ぬ!』

と、恐れた無三四は、ここではじめて、

『死んでもいい』

と、無心になった。

「きえっ」

長刀を左横に構えた無三四は気合もろとも踏みこみ、神速で振り下ろされた木村の長刀を、頭上で左手一本で握った長刀で受け、右手で脇差を瞬時に抜き、円弧を描くように下から振り払ったので、木村の右腕は切れ、剣もろとも、藍色の空高く飛んだ。

・・・朝霞太夫が悲鳴を上げた。

木村は、なおも残った左手一本で脇差を抜き、無三四の喉を目がけて必殺の突きを入れた。

一寸の間でかわした無三四は、脇差を捨て、両手で握った長刀で背後から袈裟に斬り下ろした。

木村は、虚空にある何物かを掴もうとして残された左手を伸ばし、舞うようにして倒れ伏した。

しばらく放心したように立ち尽くしていたが、再び泣き出した赤ん坊をあやす朝霞太夫に気が付いた無三四は、荒い息をつきながら歩み寄った。

いきなり赤ん坊を投げ捨て、

「夫の仇!」

夜叉に化身した太夫は、無三四の胸目がけて懐剣を突き入れた。

無三四がたやすくかわしたので、太夫は半間先の地面に突っ伏したが、片膝を突いて振り向き、いきなり懐剣でおのれの喉を突いた。

抱き起して、

「朝霞どの」

と呼びかけたが、朝霞大夫はすでにこと切れていた。

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