慶長12年12月京(その3)

旅の商人を殺してたっぷりと血を吸った長刀を、木村重郎は正眼に構えた。

無三四も長刀を抜き放って右脇に構え、夕日を背にしようと、じりじりと右へ回りこむが、木村は、そうはさせじと左へ回る。

まさに沈もうとする夕日は、無三四の右半身と木村の左半身を等しく照らし出していた。

得てして、このような真剣での命のやりとりをする場合、剣士は消極的で安全な小さな手を打とうとする。

まして、柳生新陰流の達人の木村の剣筋を知らない無三四は、こころの奥底で怯えていた。

木村が喉を突いてくる前に、無三四はその小さな安全な手を打った。

・・・長刀を横に払うと見せて、小手を突いた。

敵の手の指先や足の脛を傷つけて戦意を削ぐのは戦場ではよくやる手だが、相手が達人では何の役にも立たない。

・・・あっさりとかわされたうえ、

「お主の剣法は戦場の足軽にも劣る」

半間ほど飛びのいて同じ間合いを保つ木村が、嘲笑した。 

かっとなった無三四は、長刀を上段に構え、

「きえ~っ」

と必殺の雄叫びとともに跳躍し、脳天目がけて打ちこんだ。

・・・が、いかんせん肩に力が入りすぎて、神速とはいかなかった。

切っ先は、空しく地面を打った。

無三四の空いた右胴に、木村の長刀が襲いかかった。

辛うじて長刀を縦にして防いだ武蔵の左胴に、今度は返し技の木村の長刀が左から薙いてきた。

無三四は長刀を返して辛うじて受け止めた。

上段から打ち込み、すかされると、今度は下段から斬り上げたが、いともたやすく跳ね返される。

小半時ほど激しく打ち込み続けた無三四は、次第に肩で荒い息をつくようになった。

『まずい。これでは敵の術中にはまる』

木村の方が上位者だという負い目と、完全に日が暮れて、夜の帳が降りる前に決着をつけねばという焦りが、無三四を駆り立て、闇雲に刀を振らせていた。

それに、朝霞太夫を目の前にして、

『必ず勝たねば』

の気負いが空回りして、肩のみならず、全身に余計な力が入り、思うように剣が振れない。

・・・半端ない疲れで、無三四のからだはたっぷり水を吸った綿布団のように重くなっていった。

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