慶長11年1月江戸(その3)

やがて三味線芸者と囃し方が呼び入れられた。

朝霞大夫は裾をさばいて立ち上がり、広げた扇子をかざして舞った。

〽冬の夜寒の朝ぼらけ

 ちぎりし山路は 雪ふかし

 こころのあとは つかねども

 おもいやるこそ あわれなれ

京の雅とはこのことにちがいない。

足の運びは序破急の平仄を帯びて能楽を思わせ、手の舞と足の運びでもって、乙女のせつない恋心を訴える。

・・・しかも、そこには芸の気高さがあった。

このような艶やかな遊女の舞を直に見たのははじめてだった。

剣術修行に明け暮れた二十七年の人生とは無縁の世界だった。

・・・これからも無縁だろう。

「朝霞大夫は、京の柳町で出雲の巫女の直弟子に教えを受けたそうです」

甚右衛門はいった。

「かの出雲の阿国ですか?」

阿国の直弟子とは、京の六条の遊郭・扇屋の吉野太夫で、その吉野太夫に朝霞大夫が学んだということだ。

・・・芸の伝承も武芸の伝承も同じではないかと、ふと思った。

「どうです。この西田屋に日参していただくことはかないませんかな。先ほどの小野道場の有田とかいう男、蛇のようにねちっこい。このままで済むとも思えない」

「事を荒立てて、かえって悪かったのではありませんかな」

「なんの、なんの、それでよいのです。鐚の一文も稼げないのに、侍がいちばんえらいと奴らは思い上がってやがる」

毎日来るのはかなわないが、狼藉があればいつでも駆けつけると約束したので、甚右衛門はようやく無三四を帰した。


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