慶長11年1月江戸(その2)

「お見事、お見事」

うしろに若い女の子をふたりほど従えた、手甲脚絆の旅装束姿の町人風情の大男が、拍手をしながら近寄ってきた。

「あれほど、小野道場の若造は上げるなと言ったろう」

番頭をしかりつけ、

「お前たちも、安っぽく顔見せするんじゃねえやい」

と怒鳴って手を振ったので、二階の欄干に鈴なりになっていた女郎たちは、亀の子のようにあわてて首をひっこめた。

「おい、早桶を買ってこい」

甚右衛門は、妓楼の玄関前にぼんやりと突っ立っている若い衆に命じた。

「どうするんで?」

若い衆が口答えすると、

「馬鹿野郎!こやつを早桶にぶちこんで小野道場に放りこめ。今までためこんだツケをまとめた勘定書を額に貼り付けておけ」

そこまでいうと大男は、不意に無三四を振り向き、

「お侍さんがお助けくださったので」

西田屋の楼主の庄司甚右衛門と名乗った大男は、無三四を奥座敷へ招き入れた。

やがて座敷の襖が開き、先ほど有田某になぶられた太夫が進み出て、簪を揺らして頭を下げた。

「京六条の柳町で女郎見習いをしていたのを、もらいうけて江戸へ連れてきた朝霞太夫です」

無三四は、太夫の京人形のような白い顔をあらためて見つめた。

「お初にお目にかかります。これからはどうぞおひいきにしておくれやす」

太夫は頬を赤く染め、吊り上がった細い目で無三四をまぶしそうに見上げた。

若い衆が、次から次へとお膳を運んできて酒宴がはじまった。

「まずは、一献」

甚右衛門が徳利の首をつまんで酌をしようとするのを、無三四はあわてて盃に手でふたをして、

「拙者、とんと不調法で。すぐに失礼つかまつる」

と、固辞するが、

「あっしも元はといえば北条家に仕えた侍の跡取り。太閤秀吉の小田原攻めであえなく落城したときは、まだ十五でした。早々に侍に見切りをつけ、刀を捨てました。それからは駿府の女郎屋の丁稚になり。威張り散らす武士とその腰巾着の商人どもから金を巻きあげて、・・・いわば女郎でもって天下を取ってやろうという心意気でここまでやってまいりました」

甚右衛門は昔語りなどをして、料理に手もつけずにすぐに帰ろうとする無三四をなかなか帰さない。


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