慶長11年1月江戸(その7)
朝からみぞれまじりの雪が降っていた。
おまけに風も強かった。
「小野忠明は、本郷に屋敷を構えているが、かっては鳥越に屋敷があった。今はその屋敷を町道場にして侍の子弟に剣術を教えている。もっとも弟子にまかせて、ご本尊はほとんど顔を出さない」
背を丸めて懐手をした甚右衛門は、鳥越神社の社殿の中から小野道場の玄関を見張っていた。
無三四は、甚右衛門が持ち込んだ菰を被って社殿の奥で横になっていた。
「宮本さま、小野道場からひとが出てきます。ひう、ふう、みい、よ、・・・ぜんぶで十五人ほどです。槍を担いだのがひとり、弓をたずさえたのがひとり。鉄砲を担いではいませんぜ」
甚右衛門が、鳥越の浜へ向かう小野道場の弟子の侍たちの人数を数えた。
半身を起こした無三四は、
「槍は短いか長いか?」
と甚右衛門にたずねた。
「短槍で、弓は半弓です」
時の鐘が辰の刻を告げた。
「じゃあ舟にもどります」
甚右衛門が振り向くと、
「天気はどうだ」
無三四がたずねた。
「相変わらずみぞれが降っています。止みそうにないですな」
「弟子たちが帰りはじめたら、手はず通りに鉄砲を撃ってくれ」
うなずいた甚右衛門は、社殿の扉を押し開けて、みぞれが舞う往来へ出て行った。
・・・無三四は再び菰を被って横になった。
鉄砲の音で目が覚めた。
一刻ほど寝入ったのだろうか?
跳ね起きた無三四は、襷をかけ、渋紙の雨合羽を羽織って、社殿を飛び出した。
浜に出入りする土手の切れ目から、濡れ鼠になった小野道場の隊士たちが列をなして登って来た。
「宮本無三四、推参!」
雄叫びをあげると、先頭に立つ有田勝之進があわてて抜刀した。
委細構わず跳躍した無三四は、樫の木を削って自製した長い木剣を、頭蓋めがけて打ち込んだ。
「ぎゃあ」
という悲鳴とともに有田はもんどりうって倒れた。
後ずさりした隊士たちは、浜にもどって無三四を取り囲もうとしたが、無三四が次々と打ちすえていったので、残った者たちは抜刀はしたが、遠巻きにして身構えるだけだった。
ひとりの弟子が、土手を駆け上がるのを見た無三四は、大川を背にして正面に立つ若い弟子に突っかかった。
男が横に飛びのいてできたスキを突き、そのまま泥地を突き進んで、浅瀬に浮かぶ小舟に飛び乗った。
「首尾は上々ですな」
鉄砲を肩にした甚右衛門が不敵に笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます