慶長11年1月江戸(その6)
翌日、小野道場の有田勝之進から果し合いの日時を決めた書状が西田屋に届けられた。
果し合いを明後日の辰の刻に鳥越の浜で行うとあった。
最後に、
『双方助太刀勝手たるべし』
の一文が付け足しであった。
「鳥越の浜はよくない」
やって来た無三四の顔を見るなり甚右衛門は言った。
「駿河台の山を削った土砂で大川沿いの葦原を埋め立てた造成地です。泥でぬかるんで動きがままならない。大勢に取り囲まれたら逃げ場もない。道場がすぐ近くなので、奴らには勝手知ったる場所です。いいようにやられますぜ。それに、将軍家兵法指南役なので、弓や鉄砲も使い放題です」
無三四は腕組みして黙って聞いていた。
「もともと悪いのは奴らなんで、まともに相手にするのも考えものですぜ」
甚右衛門は、宣徳の火鉢の真っ赤に燃える炭火で煙管に火を点け、煙を吐き出した。
「それだと吉田屋にいつまでも迷惑がかかる。二度と寄りつかないように痛めつけなければ。なに、腕はたかが知れている。たしかに、甚右衛門どのがいうように地の利と武器のことはよくよく考えなければならないが・・・」
「お奉行の土屋権衛門さまとは懇意にさせていただいております。今から出かけて相談に乗っていただいてもいいです」
甚右衛門は奉行所にも顔が利くようだ。
「お奉行が動かせるなら、逆に大事にしてしまう手もある」
「と言いますと?」
「日本橋たもとに高札を出したところ、町方がやって来て、やるなら穏便にやれということだった。ましてや、将軍家兵法指南役がからんだ武器弾薬などを使った大がかりな果し合いでもあれば、奉行所も黙ってはいないだろう」
そうは言ったが、無三四に何かまとまった考えがあるわけではなかった。
「奉行所にこの書状を持ち込んで、もとは有田が引き起こした揉めごとなのに、果たし合いを持ちかけられて困っていると訴え出る手もあります」
甚右衛門が妙手をひねり出した。
奉行所が武家の不祥事に首を突っ込むとも思えなかったが、ともかく小野道場に日時場所ともに承知と返事を出してから、甚右衛門は果たし状を持って奉行所へ、無三四は鳥越の浜へ下見に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます