慶長11年1月江戸(その5)
そんな騒ぎがあった三日後の昼下がり、西田屋の若い衆が無三四を呼びにやって来た。
何でも、吉岡道場の有田某の同輩たちが、西田屋を取り囲んで用心棒を出せと騒ぎ立てているという。
用心棒?
生憎と主の甚右衛門が組合の寄り合いで出かけており、女郎たちが怖くて震えていると道三河岸を走りながら若い衆がいった。
たしかに吉田屋に着くと、六人ほどの若い侍が玄関前にたむろって、気勢をあげていた。
どう見ても、無頼の徒が酒に酔って騒いでようにしか見えなかった。
輪の中にいた有田某が、無三四を見つけると、
「きやつだ」
と仲間に目配せした。
「こやつ、日本橋のたもとに高札を出した宮本無三四とかいう山だしの武者修行者ではないかの」
ひとりの若い侍がそれを言うと、
「おお、それはかえって好都合じゃ」
有田が聞こえよがしに仲間に言った。
「宮本氏、果し合いの剣術家を求めておられるようだが、われわれが果し合いの相手を務めようではないか」
と言い放った有田は、日時場所は追って知らせると言ってから、
「ああ、そうそう、果し合いは真剣でよいかな」
と念を押して仲間を連れて帰っていった。
・・・日が暮れるころ、若い衆が宿に呼びに来て吉田屋にもどると、甚右衛門が眉をひそめ、
「昼から道場で酒を飲んで暴れ回るごろつきでさ。真剣でとわざわざ断ったのは、宮本さまを果し合いを口実に斬り殺そうという魂胆でしょう。当主の小野次郎左衛門が将軍家兵法指南役なのをいいことに、狂犬のようにやりたい放題です。それに、有田は次郎左衛門の甥っ子とも隠し子とも言われています。増上慢もいいところです」
心配そうにいった。
目の前に並べられたもてなしのお膳に箸もつけず、黙って甚右衛門の話を聞いていた無三四は、
「まず、負けることはない。じつは、その先を考えております」
と答えた。
「といいますと」
甚右衛門は耳を傾けた。
「当主の小野どのを引き出して果し合いをしたい」
無三四が考えをいうと、
「なるほど、将軍家指南役に勝てば日の本一の剣士ですな。しかし、その前に将軍家兵法指南役を果し合いに引き出すのは、無理難題の類でしょう」
甚右衛門が答えた。
・・・それは無三四もよく分っていた。
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