慶長5年2月京(その7)

直綱は三間ほど離れた先に、下段の構えというでもなく、だらりと剣先を垂らして立っていた。

当然、からだ全部がスキだらけだ。

『はて、これは何じゃろう?』

わざとスキを作っておびき出し、先に攻めさせて、後の先を取ろうというのか?

無三四には分からなかった。

『ままよっ』

上段に構えた無三四は、すり足で駆けるようにして、三間の間合いを一気に詰め、直綱の頭上に長刀を振り下ろした。

・・・手応えはなかった。

半身になってかわした直綱は、次に無三四が瞬速で放った横の払いも、数歩飛びのいてかわした。

右八双からの袈裟懸けには、やはり半歩引いて見切った。

しかし、直綱は、無三四の斬り込みの裏を取って攻めようとはしない。

・・・無三四の息は、次第に荒くなった。

こちらの疲れを待とうというのなら、若い無三四には、無限とも思える力が全身にみなぎっていた。

あるいは、おのれの技は隠し、先にこちらの技量を見切ろうというのか?

攻めるのを止めた無三四は、正眼に構えて敵の出方をうかがうことにした。

直綱も正眼の構えで相対した。

まるで時が静止したように、ふたりは動かない。

やがて、直綱の影は、次第に鍔の陰に隠れて見えなくなった。

これは、きょうの昼すぎに立ち会った父親の憲法と同じ技ではないか。

・・・無三四は戦慄した。

しかし、無三四は恐怖を振り払い、あえてだらりと長刀の切っ先を足元に落とした。

その瞬間、直綱の刀が、喉を目がけて飛んできた。

その刀を下から跳ね上げ、返す刀で袈裟に振り下ろした。

・・・手応えがあった。

同時に、直綱の刀の切っ先も、無三四の首根をかすめた。

ふたりは一間ほど飛び跳ね、再び対峙した。

だが、直綱は右手一本で長刀を握り、左の腕はだらりと垂れ下がったままだった。

「勝負これまで。相打ちじゃ」

矢頭が、ふたりの間に分け入った。

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