慶長5年2月京(その8)

西日の差す僧房で、無三四は、固い枇杷の木を削り、常より長い木剣を作っていた。ふと、殺気を感じた。

それも、ひとりやふたりではない。

・・・相当な人数の者が、息をひそめて僧房を取り囲んでいる。

日が暮れるのを待った。

冬の日が沈むのを見計からったように、僧房の外で火のはぜる音がした。

火が燃え、木が焦げる匂いを感じた無三四は、僧房を飛び出した。

引戸を開けたところで、いきなり、槍襖が無三四を襲った。

正面の槍の下に転がり込み、下から出来たての木剣で斬り上げた。

倒れた男を乗り越え、裏木戸をくぐったところで、今度は弓矢の雨が降ってきた。

木剣で払い落したが、払い切れなかった一本の矢が肩を射た。

片膝突いた無三四を、襷がけに腿を高く取った男たちが、二重三重に取り囲んだ。

「何者じゃ。名を名乗れ!」

無言の男たちに向かって叫ぶと、

「江藤左馬之助。・・・憲法先生の敵討ちじゃ」

片腕を白布で吊った大柄な男が、叫んだ。

「亡くなられたか?」

「何を白々しいことを。お主が、病床の先生に無理やり果し合いを挑んだからじゃ」

「あれは正当な果し合いじゃった。こげなだまし討ちなどあるものか!」

「ほざけ。山猿!」

左馬之助が、白刃を無三四の頭上に振り下ろした。

咄嗟にこの男の懐に飛び込んだ無三四は、剣を握った腕を抱えて投げ飛ばした。

薄暮で、大勢がひとりを取り囲み、真剣を振り回せば、同士討ちを恐れる。

いっせいには、掛かってこない。

あるとすれば、ひとりが前から掛かり、もうひとりが背後を襲うはず。

前後ふたりの敵だけに、気を配ればよい。

瞬時に、無三四はそう考えた。

木剣を捨てた無三四は、両手で長刀と脇差を同時に抜いた。

これだと、長刀で前の敵を牽制し、背後の敵には、反転せず半身のまま、脇差で対応できる・・・。

いきなり、前から敵が襲って来た。

敵の刀を跳ねのけざま、その長刀で小手を打った。

背後からの斬り込みには、半身のまま脇差で受け、反転した長刀で眼を突いた。

𠮷岡道場の門弟たちを山門まで押し返し、血みどろの狂った獣と化した無三四は、

「おんどりゃあ」

と雄たけびを上げて、二本の刀を車輪のように振り回し、逃げ惑う門弟たちを次から次へと屠っていった。

その時、騎馬の蹄の音が、すぐ間近に聞こえてきた。

「いかん、徳川の見廻り隊じゃ!」

残された吉岡の門弟たちは、潮が引くように夕闇の中へ消えて行った。駆けつけた騎馬隊は、無三四に向かって、いきなり投網を投げつけて捕らえ、そのまま伏見へ引きずって行った。




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