慶長5年4月美作(その1)

中村家正が、宇喜多秀家の元を辞して越中へ帰国すると、ほどなくして、備前岡山城内の屋敷の奥方と家来らも、家正を追って旅立った。

側室のお咲の方は、捨丸との不義密通が露見し、屋敷の白洲で打ち首となった。

捨丸も取り押さえられ、打ち首となるところを、城主の宇喜多秀家のはからいで、作州竹山城へ送られることになった。

大坂城下玉造の浮田左京亮邸で、宇喜多秀家に反旗を翻した四将のひとり戸川達安に従った新免伊賀守は、秀家に恭順して赦され、竹山城にもどっていた。

作州は、備前と播州に挟まれた小国のうえ、長年にわたって国衆が乱立していた。

しかも、それぞれの国衆が、その時々の支配者の赤松氏、尼子氏、浦上氏と結んで対立を繰り返してきた。

宇喜多秀家の重臣・戸川達安の与力として朝鮮へ出陣して、伊賀守の運が開けた。

宇喜多家の内紛では、いったん反宇喜多勢に与したが、竹山城一万石を安堵するという秀家の申し出に、すぐさま寝返った。

・・・伊賀守の面前へ引き立てられた捨丸は、昂然と顔を上げ、伊賀守を見据えた。

高御座の伊賀守は、脇息にもたれて酒を呑んでいた。

作州一の武勇の誉れの高い武将の顔には、濃い陰りがあった。

「捨丸か?」

「はっ」

「いくつになる」

「はっ、当年十五歳に相成ります」

伊賀守の切れ長の目は、捨丸を捉えて離さない。

「無二斎に、儂は何と命じた?」

伊賀守は、傍らの老臣・井口長兵衛にたずねた。

「捨丸の首を差し出せ。さもなくば、無二斎が腹を斬れと」

伊賀守は、鼻先で笑った。

「ならば、ここで捨丸の首をはねよ!」

血走った伊賀守の目には、狂気の色さえ浮かんでいた。

「はっ」

長兵衛は、かしこまって頭を下げた。

「どうした。やらんのか!」

「はっ。それだけは、平にご容赦を」

「ならば、儂が・・・」

そう言って立ち上がった伊賀守は、すらりと長刀を抜き放った。

「殿。それだけは・・・」

必死に止める長兵衛を足蹴にした伊賀守は、切っ先を捨丸の首筋に当てた。

「捨丸とやら、首が落ちる前に、何か言うことがあるか」

「いえ。殿のご命令で殺された母から生まれた子です。殿によって殺されるのもやむを得ません」

捨丸は、伊賀守を見上げ、静かに言った。

「こやつ、妙に肝が据わっておるは!」

刀を鞘に収めた伊賀守は、

「奥を呼べ」

と言うなり、高御座にもどり、捨丸を睨みつけた。

やがて奥方が、襖の向こうから裾を引きながら、しずしずと現れた。

「十五年前、京に追い返した白拍子が、儂の子を産んでいた。今日が、初めての対面じゃ」

伊賀守は、無二斎に褒賞を与えて、白拍子を殺せと命じたことなど、おくびにも出さない。

捨丸をじっと見ていた奥方は、

「よい子ではありませぬか。・・・御覧なされ。それに、顔が殿に瓜二つです」

と、小さくうなずいた。

「名は何というのじゃ?」

と奥方がたずねた。

「はっ、姓は畏れ多くも殿の名をお拝借して新免と名乗り、名は捨丸と申します」

「新免捨丸?」

「母は、京にもどる路傍で倒れて拙者を産み、そのまま亡くなりました。たまたま通りかかった父無二斎が救い上げ、お吟姉が母代わりに大事に育ててくれました」

「おお、無二斎どのが・・・」

「そうじゃ。無二斎めが、宮本村で儂に黙って育てたのじゃ。奴のことじゃ、腹に一物あってのことじゃろうて」

しかし、奥方は、伊賀守に目は向けず、

「何という神のお慈悲でしょう」

胸の前で十字を切り、はらはらと涙を流した。

奥方の涙が決め手となったのか、捨丸は打ち首を免れた。

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