慶長5年10月岡山(その3)
「さあ、逃げましょう」
捨丸が、百合姫の手を取らんばかりにして言うと、
「捨丸、何故逃げねばならぬ?」
保木城で左京亮が目通りする、と言われたのを、百合姫は真に受けたのか。
「十字架に架けられます!」
捨丸が、玄蕃の仕掛けた罠を説明をすると、
「保木のキリシタンを、根絶やしにしようというのか」
百合姫は、玄蕃がふたりを保木城に押し込んだ真意が分かったようだが、
「百合は行かぬ」
と、きっぱりと言った。
「どうしてです。十字架で処刑されるのを、ただ待つのですか」
「だれひとり、キリシタンと名乗り出なくてよいのじゃ。百合はそのためなら喜んで死のう」
ここで、奥方が百合姫の手に手を重ね、
「わらわは行かぬ。されど、姫は捨丸とともに行かねばなりません」
怪訝な顔を向ける百合姫に、
「玄蕃ごときの策略にはまって命を落としてはならぬ。これはキリシタンが狙いではない。明石どのをおびき出す罠じゃ。」
奥方は諭すように言った。
「叔父上を?」
「そうじゃ。姪の姫を処刑する、と触れ回れば、明石どのは必ず保木に現る。・・・玄蕃は罠を仕掛けたのじゃ」
掃部守の愛妻は母方の従妹で、宇喜多秀家の姉になる。
ということは、掃部守は秀家の義兄だ。
それだけ、掃部守と宇喜多家との結びつきは深い。
掃部守は血脈をキリシタン信者にし、また家族を思う気持ちもひとしおだ。
「たしかに、明石掃部守さまは、石田三成軍の島左近と双璧。西軍中核の宇喜多軍の侍大将でした。その首を差し出せば家康の憶えも目出度いはず」
捨丸は、奥方の読みの深さに感心した。
「明石どのをおびき出すのに、利用できる手駒は姫だけじゃ。姫がいなくなれば、玄蕃は、わらわなど歯牙にもかけぬ。さあ、行きなされ」
奥方が煽り立てるのに、
「奥方さまひとりを残し、百合にここを去れと?」
百合姫は、なおも奥方を問いつめる。
「そうじゃ。悔しがる玄蕃の顔を見てみたいものよ。早う、行きなされ」
奥方が追い立てるように言うので、しばらく迷っていた百合姫だが、
「お赦しくださいませ」
と、深々と頭を下げ、ようやく立ち上がった。
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