慶長5年10月岡山(その6)
ふつうの仏教の寺院などでは見られない、本堂の上に物見のような二階屋が乗った、妙に角ばった寺院だった。
襟が四角の奇妙な袈裟を着た住職が、
「どのようなご用でしょうかな?」
と、ふたりに鋭い目を向けた。
はだけた襟の奥から銀のクルスを取り出した百合姫は、
「保木の教会で洗礼を受けた百合と申します。導きの親は、叔父の備前岡山城の明石掃部守です」
と身分を明かした。
驚いた住職は、百合姫をまじまじと見つめ、
「ごめん」
と、膝行して百合姫の前に進み出て、姫が差し出しクルスを手に取って改めると、
「失礼つかまつった」
と、頭を下げた。
住職は、江本安五郎という元は倉敷の侍で、臨済宗の廃寺だった禅林寺を引き継ぎ、布教に励んできたという。
「今や、キリシタンは邪宗門となり申した。徳川家康どのは、輪をかけてキリシタンを厳しく弾圧するはず。このように、仏教の寺院を装って隠れて布教をするのは、しょせんまやかしだ、とポルトガル人のパードレにそしられました。パードレは偶像崇拝をする仏教をまるで認めておりません。仏教側もまた、国を亡ぼすキリシタンを禁じるよう幕府に訴えています。しかし、このような隠れキリシタンすら許されない時代が、もうすぐやって来るでしょう」
住職は身をよじるようにして、心中の苦しみを打ち明けた。
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