慶長5年10月岡山(その7)
「掃部守さまが、備中に逃れて再起を図るようなことを、おっしゃっていました。この足守におられかと思い、たずね参りました」
捨丸が足守にやって来た訳を語ると、掃部守が足守辺りに潜伏しているという噂は、聞いたことがないと住職は首を捻ったが、
「念のために、明日にでも足守の信者の幾人かをたずねてみるがよいと』
と言って、その名と住居のおおよその見取り図を描いてくれた。
百合姫の足の傷がひどいので、これ以上歩き回ることはできない、明日はここで休むように、と捨丸が言うと、
「これを見せれば、何も口上はいらぬ」
と言って、百合姫は首からクルスを外し、捨丸の首に架けた。
・・・翌日、捨丸は、足守に点在する隠れキリシタンの教徒をたずね歩いた。
初めは警戒して口を閉じていた教徒も、銀のクルスを見ると、話に乗ってくれた。
が、掃部守の行方を知る者はなかった。
「それは、困りましたね」
肩を落として帰って来た捨丸に、百合姫は慰めを言ったが、口で言うほど困っているようには見えなかった。
「叔父上が備中で見つからなければ、長崎へ行きましょう」
掃部守は、長崎の聖母教会に多額の寄進をしていて、長崎との結びつきは深い。
掃部守が最後に落ちる先は長崎しかない、と言った。
「何なら、長崎からルソンやマカオへ行ってもよいではないか」
微笑む百合姫は、どこまでも楽し気だった。
・・・しかし、長崎で掃部守と会っても意味はない。
捨丸の願いは、西国では武勇随一、それでいて徳の高い指導者である明石掃部守が率いる西軍の元で、徳川家康と再び戦うことだった。
「明日は、賀陽に行って参ります」
捨丸は、長崎やルソンなどには何も言わず、あくまで備中にこだわった。
捨丸の耳の底には、別れる時に『備中へ行って再起を期す』と言った掃部守の声が、いつまでも残っていた。
住職は、賀陽には教会はなく、キリシタン教徒もいないと言った。
たしかに、当てずっぽうに歩き回るだけでは、何の手がかりも得られなかった。
その翌日は、上房へ出かけた。
が、これも無駄足だった。
高松城下や松山城下まで探るとなると、どれだけの日数がかかるものやら。
百合姫が言うように、掃部守は家族とともに長崎へ去ったのか?
思い惑いながら、禅林寺へもどると、来客があるのに気が付いた。
本堂へ入ると、
「おお、捨丸さま」
と、長兵衛が声を挙げた。
百合姫が保木城を逃れたのを知り、掃部守が備中で挙兵するのに付き従う、と捨丸が言っていたのを思い出し、見当をつけて足守へやって来た、と長兵衛は言った。
「あの後、保木では大変なことが起こりました。怒った玄蕃が、保木の城下を一軒一軒虱潰しに調べ、イコンやロザリオなどのキリシタンの教具のある家の者を縛り上げ、お城に引き立てています。それに、大工たちを毎日働かせて、百をも超える十字架を作らせています。恐ろしいことが起こる、と領民は震えています」
それを言う長兵衛も、震えていた。
長兵衛は、それだけを言うと、竹山城へもどって行った。
いったん竹山城を接収した播磨の池田輝政の軍は、今は撤収した。
宇喜多秀家の旧領の備前と美作を併せた五十五万石を、そっくり小早川秀秋に与える、と徳川家康が裁定した、とも長兵衛は言った。
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