慶長5年10月美作(その8)

長い隊列が門の中に吸い込まれるのを見計らい、捨丸と長兵衛は、舟形をした城の外郭を大回りし、城の裏山に分け入った。

折から雲間から顔をのぞかせた月影で、右手の暗闇に包まれた丘陵と、左手の吉井川の魚鱗のようなせせらぎが望むことができた。

月下の保木城は、ちょうどその間に黒々と横たわっている。

奥方と百合姫が、南北に長い山城のどこに押し込められたかは、分からない。

「奥方さまの言うように、何故、遅くなっても岡山城に入らず、保木城に寄り道したのか?」

捨丸が独り言のように呟くと、

「さあ、左京亮さまが保木城へ出張って、百合姫さまにお目通りするおつもりか」

長兵衛も首をひねったが、

「・・・ああ、分かり申した。岡山城で会うと、三人が三人ともキリシタンであることが悪目立ちするからではないかの。左京亮さまが、キリシタン信仰の仲間に情けをかけた、と家康公に聞こえては、これからの出世に響くと用心したのではないかな」

と、決めつけたような言い方をした。

『そうだろうか。ならば、玄蕃は何故、門前で奥方にそう答えなかったのか?』

あの時の玄蕃の横顔に、何か邪悪な陰が浮かんでいるのを、捨丸は今になって思い出した。

「それか、小早川秀秋がすでに岡山城に入府したか、だ」

捨丸が思いつきを言うと、

「いずれの場合でも、奥方さまと百合姫さまには危害は及ばないはず」

長兵衛が慰めを言った。

長兵衛は、城下に親戚がいるので、今夜はそこに泊まり、城の様子も聞いてみようと言った。

「掃部守さまは、未だおもどりには。もっとも、もどらなくてよかったのです」

城下のはずれでわび住いの、長兵衛の大叔父という隠居の老人は、苦虫を咬み潰したような顔で言った。

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