慶長5年9月関ケ原(その3)

黒田長政は焦燥していた。

細川忠興、寺沢広高、一条直盛、戸川達安などが、天満山ふもとの西軍の小西行長軍を相手に、半刻もの間、一進一退の攻防を繰り返していた。

後陣で、井伊直政、本多忠勝とともに指揮を執る長政に、しっきりなしに家康の物見がやって来て戦況をたずねる。

「儂にどうしろというのだ!」

爪を噛む長政に、さらに過酷な試練が訪れた。

笹尾山中腹の石田三成の陣地の大砲が、火を噴いた。

あろうことか、大砲はあきらかに家康の本陣を目がけて、撃ち込んでいる。

が、射程が短いので、その手前の敵味方入り乱れて戦う戦場のど真ん中で、砲弾は炸裂した。

「何もせずに、このまま砲弾の餌食になるのか」

黒田軍の中ほどで、十字槍を抱えて待機する無三四も、じりじりと燻る思いを焦がしていた。

やがて、細川忠興隊などと入れ替わりで、黒田軍と井伊軍が前線に押し出した。

砲弾が尽きたのか、もはや石田軍は大砲を撃ってこない。

ここを先途と、東軍は激しく西軍を攻め立てた。

自慢の槍を抱えて前線を突き進む母里友信に続き、無三四は、十手槍を水車のように振り回し、石田軍の兵士を次々となぎ倒していった。

いったん黒田軍は敵陣深く攻め入ったが、この戦いを聖戦と信じる西軍の武将の士気はどこまでも高く、それ以上の侵入は許さず、強靭な力で跳ね返して来る。

鉄壁の守りの土塁の陰に引き、体勢を整えてから再び攻勢に転じる西軍を、東軍は攻めあぐね、両軍の一進一退の攻防がさらに半刻ほど続いた。

しかし、東軍・遊軍の寺沢広高が、西軍主力の宇喜多軍の左側面を攻撃し、藤堂高虎と京極高知が、西軍右翼の大谷吉継軍を激しく攻め立てたので、西軍は防戦一方となった。

・・・白兵戦では、将兵の数が多い方がものを言うのが道理だ。

いくら戦上手の掃部守でも、これだけはどうにもできない。

「小早川秀秋公は如何した!」

明石掃部守は、西方の松尾山城に向かって叫んだ。

・・・総攻撃の合図の狼煙はとっくに上がったはずだ。

「何故動かぬ!」

その時、掃部守の焦燥を見透かしたように、笹尾山の石田三成の陣から二度目の狼煙が上がった。

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