慶長5年6月美作(その7)

「そんなことを、などと」

百合姫も、負けずに言い返す。

「太閤秀吉さまのころより、キリシタンは禁止じゃ。五大老筆頭の徳川家康さまが、さらに厳しくこの邪教を取り締まるよう命じておられる。百合は、両耳と鼻を削がれても、なおも信仰にしがみつくのか」

気を取り直した姫は、

「もとよりその覚悟でございます」

と静かに頭を下げた。

「百合はそれでもよいだろう。が、この新免一万石はどうなる。嫡男の嫁が、子も作らずにキリシタン狂いでは、しゃれにもならん。それに、捨丸と昼から一つ部屋に閉じこもって、ひそひそと。家臣の者が、何やらよからぬ噂を触れ回っておる」

怒りの収まらない長春は、なおも姫を責め立てる。

「殿の弟君は、まさに神に選ばれし者にございます」

姫は、顔色ひとつ変えずに言い返す。

「弟だと?なに、妾の子が弟なものか。父上は、こやつの母の妾を殺させたのだ。こやつは、闇から闇へ葬られてよかったのじゃ」

「そのようなことを。出自はともかく、捨丸は利発で頼もしい子でございます。末は新免家を支えてくれましょう」

「何を血迷ったことを。ならば、母上のみならず、その頼もしい子とやらに邪教を広めるのは止めよ!」

捨丸を神に選ばれた者などと、褒めたのが悪かったのか、さらに頭に血が上った長春は、荒々しく襖を閉め、足音高く立ち去った。

翌日、軍事教練で顔を合わせた長春は、

「もはや、お前は弟でも何でもない。一介の兵卒じゃ。戦場では、鉄砲玉が後ろから飛んで来るやも知れんぞ!」

と、捨て科白を投げつけると、馬にひと鞭くれ、新免衆の先頭に立ち、勢いよく駆け出した。

捨丸は、姫が語るイエスにも惹かれたが、次第に姫そのひとに惹かれていった。

あれほど長春が怒ったのに、姫は何事もなかったかのように、捨丸を奥座敷に呼び寄せ、今まで以上に熱っぽくイエスへの帰依を語った。

捨丸は、姫と会わなければ、その日が終わったような気がしなくなった。

会えない日は、居ても立ってもいられない。

ある日、顔を寄せ合って聖伝の絵巻物を見ていたふたりは、目と目が合った。

互いの目をのぞき合い、危うく頬がつくほど顔を寄せたが、姫は弾かれたようにからだをのけ反らせて、首を振った。

ある日、捨丸が奥座敷へ行くと、いつも姫のいるべき場所に奥方が座っていた。

捨丸を見上げた奥方は、

「今日より、この城では、キリシタンは禁教となった。わらわはクロスもロザリオもイコンも奪われ、姫は座敷牢に幽閉じゃ」

と悲痛な顔で言った。

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