慶長5年6月美作(その8)


竹山城の大広間で、評定は延々と続いた。

いよいよ出陣が間近と知れたので、新免衆の軍事教練に一段と拍車がかかった。

どうしたことか、その中でいちばん年の若い捨丸が、槍、弓、剣、騎馬、組打ちのいずれでも頭抜けた技量を見せた。

「風貌だけでなく、武勇も新免の殿に生き写しじゃ」

年長の仲間たちが褒めそやすのを、傍で聞く長春は、面白いはずがない。

並んで騎馬を走らせていると、捨丸めがけていきなり鞭が飛んできた。

振り向くと、長春は悪魔のような笑いを浮かべた。

いつものように、戌の刻すぎに、城の裏門から二の丸に忍び込み、それを言うと、

「器量の小さいお方じゃの」

百合姫は嘆いた.

「・・・出陣の時が迫りつつあります」

捨丸は、別れのつらさを訴えたつもりだが、百合姫はそうは取らなかった。

「ああ、いよいよ出陣か。それでは、イエスさまのお話を急がねば。でも・・・」

「・・・・・」

「このような短い時間の中で、わらわに生涯を決める信仰の話などできるものではありません。まして捨丸には、地の塩・世の光となる信仰心を伝えたい。まことに口惜しい限りじゃ」

百合姫は、額に手を当ててうつむいた。

「許されるなら、捨丸は、生涯姫さまのおそばにお仕えし、この信仰を教えていただきとうございます」

思いもよらないことばが、捨丸の口を衝いた。

はっとして顔を上げた百合姫は、

「生涯などと、・・・どうしてそのようなことを?」

その答えを見い出そうとして、捨丸の目を覗き込んだ。

ふたりは、しばらく見つめ合っていたが、

「許しませぬ。そのようなこと」

百合姫は、きっぱりと言った。

「そなたは、戦で手柄など立てずとも、ただ生きて帰ることだけを考えればよい」

百合姫は、首うなだれる捨丸に諭すように言った。

「生きて帰れば、また教えていただけるのですか?」

捨丸は、顔を輝かせた。

それには答えず、百合姫は手を伸ばし、

「捨丸は、まことに神に選ばれし者。矢玉も避けて通るにちがいない」

と、捨丸の頬をやさしく撫でた。

その白い手にみずからの手を重ねた捨丸は、はじめて触れた百合姫の手の温もりを忘れまいとした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る