慶長5年4月美作(その3)

『どうして、そうまでして信者であろうとするのか?』

捨丸は不思議に思った。

しかし、この日はそれ以上の話はなかった。

数日教、教練が終わると、捨丸はふたたび本丸に呼ばれ、奥座敷で百合姫と向き合うことになった。

捨丸を長いこと見つめてから、姫は涼し気な声をかけた。

「無理強いはしません。今この国でイエスさまを信じることは、とても危険なことです。でも、捨丸どのの誕生のいきさつを聞いて、そなたはすでに神に選ばれた者ではないか、と思いました」

「拙者が神に選ばれた、と?」

「どう考えても、そのように思えてならぬ」

「では、姫さまは、そのような危険な信仰を、なぜ?」

捨丸は、正直にたずねた。

「この世にある、あらゆるものの真理が、イエスさまの中にあります。それが、正しく生きる道につながるのです。正しく生きれば、ひとは幸せになります」

姫は、しばらく間をおいてから、

「この信仰がなければ、生きていないも同じです」

と、強く言った。

姫の言うことのひとかけらも、捨丸には分からなかった。

が、姫のゆるがぬ信仰心と、包み込むような優しさだけは、分かった。

・・・イエスの話をするのが、軍事教練のあとの日課になった。

義兄となる嫡男の長春も同じ新免衆三十名の中にいたが、目を合わすことも、話すこともなかった。

やがて姫は、絵巻物を取り出し、捨丸に一から教えてくれた。

それは、神の子イエスが処女マリアの子として生をうけるところからはじまり、大工の息子として成長し、数々の奇跡を起こし、民衆を済度し、十字架上で死んだ物語だった。

「どうして逃げずに、十字架に架かったのです?」

「それは、だれかが世の罪というものを背負わなければ、民衆は救われないのです。イエスさまが、すべての罪を負ってくれたので、われらは罪に苦しむことなく生きられるのです。その代わりに、イエスさまを、ただひとりの神として、信じるのです。これがイエスさまとの約束です」

・・・姫が熱く語っていると、突如、襖が開き、長春が顔を覗かせた。

尖った目で、ふたりを交互に見て、

「つまらん」

の一言を発し、音高く襖を閉じた。

目を伏せ、頬を真っ赤に染めた姫を見て、捨丸の胸は高鳴った。

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