慶長5年2月京(その4)

憲法は、抜いた刀の先を無三四の目に突きつけ、微動だにしない。

『死を待つのみ』

と言ったのは、ほんとうだった。

剣を構えた四肢には力がなく、辛うじて立っているだけの年老いた病人だった。

先手を取り、一気呵成に攻め立て、瞬速で斬って捨てるのが無三四の常の戦法だ。

しかし、音もなく、ただ突っ立つだけの憲法に、打ち込むスキがまるでない。

それどころか、正対する刀だけが宙に浮き、憲法の姿は、刀の陰に隠れてまるで見えない。

・・・無三四は恐れた。

打ち込んだ瞬間、憲法に討たれる!

ふたりの間の、冬枯れの小さな池の底で、枯葉が風に舞っていた。

・・・四半時ほど経った。

このまま対峙し続ければ、病人で余力のない憲法はそのまま崩れ落ちるはず。

しかし、それでほんとうに勝ったことになるのか?

無三四のこころは乱れた。

「参りました」

思いもよらず、無三四は刀を引き、片膝突いて頭を下げた。

「無三四。この老いぼれに、情けをかけたな」

刀を下げるや、憲法はその場に崩れ落ちた。

あわてて駆け寄った門弟が担ぎ上げ、離れの寝床へもどした。

憲法の血の気が引いて紙のように白い顔は、死人のそれのようだった。

やがて目を開けると、無三四を枕元に呼び寄せた。

「強い。しかし・・・」

「しかし、・・・何でしょうか?」

無三四が、片膝立てて耳をそばたてると、

「お主の剣は、ただ若さと剛力だけの、・・・獣の剣じゃ。やがて、おのれの獣性によって滅ぶことになる」

かすれた声で、喘ぐように言い、老剣士は静かに目を閉じた。

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