慶長5年2月京(その3)

最初に相手した矢頭某が脇腹を押さえながら追ってきた。

「じ、じつは、大先生は病に伏せっておる。立会いなどできぬおからだじゃ」

抱き留めんばかりにして懇願する。

そのとき、母屋の玄関口に品のよい老女が現れた。

「何ごとです。先ほどから、道場が騒がしいようですが・・・」

「奥方さま、この武者修行者が、大先生と立ち会いを、と押しかけて・・・。すでに、拙者をはじめ、江藤、奥野も討たれました」

「直綱はどうしました?」

「はっ、それが・・・、いつものごとく三条へ」

老女はそれを聞くと、すっと奥座敷へ入って行ったが、再び玄関口に現れ、膝を突いた。

「お名前をおうかがいましょう」

「作州牢人宮本無三四。父無二斎は若いときに憲法先生と立ち会って、一本ずつを取り合い、引き分けたと聞いております」

それを聞いた老女は、先に立って無三四を奥座敷へ案内した。

寝床の吉岡憲法直賢は半身を起こし、無三四を迎えた。

年老いて、鶴のように痩せ、白髪を総髪にまとめて背に垂らした憲法だが、皺だらけの顔の細い目から発する眼光は鷹のように鋭い。

「新免無二斎の名は聞いたことがある。が、立ち会ったことはない。足利将軍家の兵法指南役ゆえ、古来より他流と立ち会うことはできぬ」

憲法は、一片の情味もない口調で言うと、無三四を睨みつけた。

「将軍家指南役の名跡と憲法の名は、すでに嫡男の直綱に譲り、今は死を待つのみ。・・・宮本無三四とやら、何流じゃ」

「はっ、祖父将監が短槍に刃をつけた十手槍を考案し、父無二斎が十手術の当理流を編み出しました。拙者は、その十手槍を長い刀に置き換えた新しい剣法を模索しております」

「ほほう。新しい剣法とな」

「一手ご指南を!」

いきなり立ち上がった無三四は、長刀を抜刀すると、ぴたりと切っ先を憲法の鼻先に突きつけた。

「ぶ、無礼な!」

門弟が、いきり立った。

しかし、憲法は身動ぎひとつせず、平然と切っ先を見つめている。

「宮本無三四とやら、作法も知らぬ田舎剣法のようだな。・・・だが、新しい剣法とやらを見たくなった」

憲法は、肩にかけた羽織をはねのけて立ち上がり、床の間の刀掛けの長刀を手にすると、よろけながらも先に坪庭に降り立った。

「あなた!」

うろたえた老女が、あわてて止めようとしたが、憲法は寄せつけない。

あとを追って庭に降りた無三四は、間に小さな冬枯れの池をはさんで、三間の間合いをとって相対した。



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