慶長5年10月美作(その6)

「総大将と見た。拙者は竹山城の新免捨丸じゃ。取引を願いたい」

「・・・・・」

「城主伊賀守は関ヶ原では宇喜多についたが、中津に落ちた今は黒田如水どの家臣となった。竹山城は池田輝政公にそのまま献上する。その代わりに、竹山城にいる伊賀守の奥方と嫡男長春の奥方、それに残った城兵を無傷で解放してほしい」

捨丸は、どじょう髭の武将を、必死の思いで口説いた。

すっかり酔いの覚めた武将だが、

「わずかの百姓だけが守る山城など、わが池田軍が一気に踏みつぶしてくれるは!」

武将のうなり声を聞いた捨丸は、

「ならば死ぬだけじゃ!」

と脇差の切っ先を喉元に突きつけた。

「あ、いや、取引しよう」

武将は、あわてて答えた。

捨丸を引き連れて陣屋にもどった武将は、

「拙者の一存で決めることではない。姫路の大殿の裁可を受けるまでここにおれ」

と言うと、出かける支度をはじめた。

「どれほど待てばよい?」

捨丸が、疑いの目を向けると、

「痩せても枯れても青木丈右門じゃ。逃げも隠れもせん。明日の昼まで待て」

どじょう髭をひと撫でした丈右門は、従者を従えてそそくさと陣屋を出て行った。

敵の陣屋で、捨丸は眠れない夜を過ごした。

翌日、天道が天頂に届いても、丈右門はもどらなかった。

・・・日が傾き出したころ、ようやくもどった丈右門は、

「新免捨丸とやら、お主が言うように無血開城を約すなら、池田軍が竹山城を接収しよう。その後は、その後のことじゃ」

と言うなり、捨丸を先に立たせ、五百ほどの手勢を引き連れて日名倉山を下り、竹山城を目指した。

丈右門が言う「後のこと」とは、竹山城を接収した後は、作州を池田が統治するか、あるいは小早川と分け合うか。いずれにしても、作州の臍に位置する竹山城を押さえれば、後の交渉は池田に有利に働くと計算したであろうことは、捨丸にも容易に分かった。

城に着くころには、日は西の尾根にかかっていた。

しかし、篝火も焚いていない竹山城は、暗闇の中に沈んでいた。

ともかく開門させ、中の城兵に開城すると大声で触れると、わずか十数名の守備兵がばらばらと駆けつけ、捨丸を見ることもなく、皆足を引きずるようにして大門を出て行った。

列の最後に、槍を肩にした長兵衛がやって来た。

「奥方と百合姫さまは?」

長兵衛は、首を振った。

「昼すぎに、石垣玄蕃が現れ、『嘆願書を読まれた左京亮さまが岡山城で引見する』と言って、奥方さまと百合姫さまを連れ出し、それを見たほとんどの城兵が、勝手に城を離れた」

泣かんばかりの長兵衛にかけることばもなく、捨丸は地団太を踏むしかなかった。

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