慶長5年10月美作(その5)

「そうじゃ。捨丸どのを死なせてどうする。今は、わらわが城主。この白髪首を差し出せばよい話じゃ」

奥方は、こともなげに言った。

百合姫が、ふたりを押しとどめ、

「腹切りとか首などと、物騒なことをおっしゃるものではありません」

と、ふたりをたしなめてから、

「百合に考えがあります。ここは、浮田左京亮さまに、助命を願い出ましょう」

と穏やかな口調で言った。

「左京亮どのは、それはそれは熱烈なキリシタン信者です。その信仰心は明石の叔父上に伝わり、さらに叔父上が百合に伝えてくれた。いわば信仰上の兄と妹。願いを無下にすることもあるまい」

百合姫は、左京亮を信じ切っているようだった。

しかし、捨丸は、この案に真っ向から反対した。

「百合姫さまのせっかくのお申し出ですが、左京亮さまは、西軍副大将で従兄弟の秀家さまを裏切り、徳川についたお方。しかも、家康公は、大のキリシタン嫌いと聞きます。失礼ながら、左京亮さまは寝返った時に、家康公に媚びを売って棄教した疑いもあります。どこまで信じてよいのやら・・・」

百合姫は、目を見開いて捨丸を見つめ、

「棄教などと、左京亮さまにかぎって・・・」

と呟き、悲しそうな顔をした。

その思い詰めたような横顔を見た捨丸は、これはやはり百合姫に左京亮あてに嘆願書を書いてもらうしかない、と思い直した。

百合姫の嘆願書を使いに持たせてやったせいか、玄蕃が脅したように、浮田軍本隊が直ちに総攻撃に動く気配はなくなった。

が、城主の伊賀守が城を見捨てたことを知った城兵は、ひとりふたりと櫛の歯が抜けるように去っていった。

残された城兵も、背後の日名倉山の尾根に立つ池田軍の旌旗を見て、戦う気が失せたようだった。

「もはや、これまでじゃな」

長兵衛は、捨丸に降伏を迫った。

言われるまでもなく、

『やはり、これはじぶんの首を差し出すしかない』

と覚悟した捨丸だが、・・・突如、閃くものがあった。

「明日にはもどるが、左京亮軍が攻めてきたら、なんとか半日だけは持たせてくれ」

と長兵衛に言い置いた捨丸は、日暮れを待って裏門を出た。

城の裏手なら、灯りなど持たずとも足の裏に目があるように、捨丸は自在に歩き回ることができる。

一刻ほどかけて、日名倉山を登った。

途中で、歩哨などひとりも見ることはなかった。

山頂の少し下の窪地に幕を張ったのが、池田軍の本陣とすぐに分かった。

酒宴でも開いたのか、武将たちは篝火が燃え尽きようとする陣屋のあちこちで、酔いつぶれて横になっていた。

少し先の炭焼き小屋から、微かな灯りが漏れていた。

足音を忍ばせて近寄ると、

「ご勘弁を」

と哀願する女の忍び声が聞こえた。

引戸を細目に開けて覗き見ると、袴を脱いで下帯ひとつになった髭面の武将が、裸の女の上にのしかかっていた。

武将の背後に回った捨丸が、抜いた脇差を首に巻きつけ、

「嫌がる女をものにして何の得になる!」

と脅すと、驚いた武将はドンと尻もちを突いた。

そのスキに、女は着物を抱え、風のように立ち去った。


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