慶長5年9月美作(その1)
いったん裏山に入り、用心して日が暮れるのを待ち、木立を一気に走り抜け、勝手口から屋敷に入った捨丸は、竈でで火を熾しているお吟と、いきなり顔を合わせた。
「捨丸!」
驚いたお吟は、口に手を当てたまま動かない。
その夜、実直を絵に描いたようなお吟の婿の京次郎が、炉端で雉を焼き、芋や野菜をどっさり入れた野汁鍋で馳走してくれた。
「そうか、西軍が負けたか。しかし、殿様はじめ新免衆は、だれひとりもどっておらん。竹山城には奥方さまがおるのみじゃ」
義兄は、これから作州はどうなるかと、不安そうに言った。
最近やたらと、間者らしき他国者が入り込んでいる、とお吟から聞いた捨丸は、ここに長居しては、姉夫婦に迷惑がかかると、明朝を待たずに宮本の構えを出た。
お吟が、押入れの奥から祖父の代から伝わる黒い武具と鎖を編んだ胴衣を着せ、何も言わずに送り出してくれた。
平福の辻は真の闇だった。
ひとっ子ひとりいない。
そのまま、急峻な坂道を登った。
城門の手前の武家屋敷は、暗闇の底に沈んでいた。
その一角のいちばん豪壮な屋敷が、井口長兵衛の屋敷だった。
門扉を叩いたが、何の応えもない。
足元の小石を拾い、たて続けに屋敷の壁を目がけて投げつけた。
やがて、門の中から明かりが漏れた。
「だれじゃ」
長兵衛のしわがれ声がした。
「捨丸じゃ」
小声で答えると、木戸口がすぐに開いた。
「おお、生きておったか」
長兵衛は捨丸を抱き止め、素早く門内に引き入れた。
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