慶長3年12月因幡(その2)

五人もの屈強な男が押しかけて来たので、遊郭は上へ下への大騒ぎになった。

奥の座敷で、楼主と大勢の若い衆が、五人の侍と向き合うことになった。

「こちらの宮本無三四というお方は、弟の捨丸どのをこの遊郭に売り飛ばした玄蕃とかいう野武士を敵討ちしに、はるばる美作からやって来ての」

ここでもにこやかに笑う忠兵衛が、

「玄蕃の居場所を教えてはくれまいか」

と談判すると、糸のように細い目の楼主も、さすがに海千山千の商売人。

「知りませんな」

と柳に風と受け流し、

「そこにおる捨丸は、大金を払って玄蕃どのから買い受けた奴隷でございます。勝手に逃亡したので、償い金を頂戴したい」

などとふざけた口をきく。

これには、さすがに温厚な忠兵衛も、

「たわけたことを」

と、気色ばんだ。

「静可という女郎と捨丸のふたりを、玄蕃から奴隷として買ったのを認めるのじゃな。因幡の国では、奴隷も人身売買もご法度じゃ。城主に訴え出ればこの楼はどうなる」

「とっくに城主に営業の許可は得て、それなりの冥加金も差し出しております」

城主に賄賂を渡しているようなことを、楼主は平気で言う。

「教えろ」

「知りませんな」

忠兵衛と楼主の談判は続いた。

それまで成り行きを黙って見ていた無三四。

捨丸に懐の綾織りの巾着袋を出させ、中の砂金が楼主によく見えるよう、口の紐を大きく広げた。

「よかばい。捨丸と静可のふたり分の償い金を支払おう。この巾着袋の中の砂金を掴めるだけ掴め」

膝の前に差し出された巾着袋と無三四の顔を交互に見ていた楼主は、いざりのようににじり寄ると、やおら巾着袋に手を突っ込んだ。

「十分に掴んだか?」

「へい」

答えた楼主が手を引き上げた瞬間、砂金を握った手が肘の下から切れて飛んだ。

「あっ」

と、叫んだ楼主は、砂金を掴んだまま、半間先の床に転がったおのれの腕の行き先を探した。

「野郎!」

無三四の手に握られた抜き身を見て、やっと事態が呑み込めた若い衆がいきり立ち、脇差を抜いた。

捨丸が、すかさず手刀で打ったので、若い衆は脇差を放り出し、腕を抱えてうずくまった。

もはや、立ち向かおうとする者は、なかった。

捨丸に抱かれるようにして、馬に揺られる静可は何も言わなかった。

金紗の着物に黒緞子の帯の女郎姿を恥じているのか、何ごとか思い詰めているようだった。

城下の大黒道場に着いたとたん、

「この先は、行けん。遊郭にもどる」

と静可は言い張った。

「では、但馬の親の元へもどればよい」

と、捨丸が言うと、親がじぶんを玄蕃に売ったようなことを切れ切れにつぶやいた。

「どこへでも好きなところへ送っていくばい」

捨丸が明るく言うと、

「ようそんなことが言えるのう。捨丸は、人でなしじゃ」

と、さめざめと泣いた。

見かねた忠兵衛が、

「この娘は、捨丸どのにどこまでもついて行きたいのじゃろ」

横から口を挟むと、

静可は、捨丸をじっと見つめ、

「もはや汚れた身。それはできん」

と、訳の分からないことを言い、首を振った。

やはり但馬の親の元へ帰ることになった静可とは、因幡と但馬との国境で別れた。

静可は何度も振り返りながら、峠の向こうへ消えて行った。

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