慶長4年1月岡山(その1)

玄蕃は、どこをどう手繰ったのか、今では備前岡山城主・宇喜多秀家の従兄弟で重臣の浮田左京亮に仕えていた。

無三四と捨丸は、作州を迂回していったん播磨へ入り、海沿いの山陽道をたどって備前岡山に入った。

左京亮は、岡山城には常勤せず、ほとんどは大坂の屋敷に詰めている。

幸いなことに、玄蕃などの家来衆は、城下の棟割り長屋に居住している。

今は高垣玄蕃と名乗り、日中は城内の浮田屋敷に詰めているが、夕刻は城下の組屋敷にもどるという。

無三四と捨丸は、大手門からすこし下がった街道で待ち伏せた。

しかし、日暮れとともに下城する侍たちを物陰に隠れてうかがったが、玄蕃とおぼしき侍を見つけることはできなかった。

城下の棟割り長屋をたずねたが、その夜は居室に灯りが点ることはなかった。

三日目の夜、長屋のはずれの居室に、はじめて灯りが点った。

しばらくすると灯りはふっつりと消え、大きな黒い影が長屋から抜け出した。

無三四と捨丸があとをつけているとも知らず、黒い影は、城下町を駆け抜け、とある屋敷の煉塀に耳を寄せた。

すると、大兵とも思えぬ身軽さで、軽々と塀を乗り越え、松の木を伝って屋敷内に入り込んだ。

「狼藉者!」

しばらくして、屋敷で叫び声がした。

黒い影が再び塀の上に現れ、辺りを見回してから飛び降りた。

そこへ無三四が、

「玄蕃!」

と叫んで詰め寄った。

ぎょっとした玄蕃が、反転して逃げようするのを、捨丸が、抜刀して立ち塞がった。

「なにっ。捨丸か」

今では髭をきれいに剃ってはいるが、まぎれもない玄蕃のいかつい顔を、雲を払った満月が照らし出した。

屋敷から、槍を持った侍たちが、ばらばらと無三四の後ろに詰めて来た。

それを見た玄蕃は抜刀しざま、捨丸に必殺の突きを入れ、かわされると片膝を突き、下段から刀を返した。

それを見切った捨丸は高く跳び、玄蕃の脳天に長刀を打ち込んだ。

額の上で玄蕃は、辛うじて横に渡した長刀で受け止めた。

ふたりは、そのまま鍔と鍔とで押し合った。

力に勝る玄蕃が、捨丸を押し倒しそうになったとき、玄蕃目がけて矢が飛んできた。

矢をかわした玄蕃は、飛鳥のように塀に飛び乗ると、瞬く間に逃げ去って行った。



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