慶長4年1月岡山(その2)
股立ちを取った侍たちが駆け寄り、
「左京亮の刺客か」
と叫び、無三四と捨丸を取り囲んだ。
前後から槍襖を突き立てられては、ふたりは降伏するしかなかった。
捕らえられたふたりは、この屋敷の座敷牢に押しこめられ、何の沙汰もないまま数日が過ぎた。
ある日、ふたりは岡山城内の広壮な屋敷に引き立てられた。
宇喜多秀家の家老・中村家正が大広間で謁見した。
「左京之助の刺客め。この家正と思って斬ったのは、わが影ぞ」
と家正は言ったが、ふたりには何のことか分からない。
「われらは、断じて刺客ではない」
無三四は、弟を奴隷にし、遊郭に売り飛ばした高垣玄蕃を討ちに、作州宮本村からやって来た、と弁明した。
家正は、ふたりを見比べていたが、
「なるほど。父は天下無双の剣術使いの無二斎。兄は作州の麒麟児の呼び声の高い弁之助、弟は捨丸ということになる」
と喝破したので、ふたりは驚き、顔を見合わせた。
「無二斎と捨丸の親子を見つけ次第竹山城へ引き立てよ、との伊賀守の回状が来ておるぞ」
家正は、ふたりを睨みつけた。
もっとも、唇の端に、少しばかり皮肉の影があったが・・・。
「恐れながら申し上げます」
無三四が、ここで膝を進めた。
「伊賀守さまは、弟の捨丸の首か父の無二斎の切腹のいずれかを望んでおられます。しかし、それは父が伊賀守さまの家来であったればこそ。父は、いずれも出来ぬことと、碌を返上し一介の牢人者となりました。伊賀守さまとの縁はこれで切れ、もはや主従ではありませぬ。伊賀守さまの命に従ういわれはございません」
「無三四。年少ながら、なかなかの知恵者よな」
と、家正は、膝を打ったが、
「伊賀守がどうして無二斎の腹か捨丸の首を望むのか、とんと分からんな」
と、追い打ちをかける。
ごくりと生唾を呑み込んだ無三四は、
「伊賀守さまが愛妾にかまけて政治を忘れ、作州は麻のごとく乱れました。父が諫言したところ、ならば愛妾を斬れと命じられました。じつは、大殿は愛妾が孕んだが故に殺させたのです。父はそれと知らずに、上意を果たしました。それで、腹の子は家に持ち帰りました。その時の赤子が、ここにいる弟の捨丸です」
「捨丸は、伊賀守の子か」
「御意」
「しかし、今になってわが子の首を望むとはな・・・」
無三四は、ここぞと一気にまくし立てた。
「売った先の因幡の遊郭から弟が逃亡したので、玄蕃がその腹いせに大殿に密告しました。今になって、伊賀守さまは、殺させたはずの赤子が、宮本村で育っていたことを知り、約束が違うと、難題を父に突きつけたのです」
「なるほどな。それにしても、美男の誉れ高い伊賀守に生き写しの美少年じゃて」
家正は捨丸を見やり、にやりと笑った。
「京にいる大殿の裁可を待つまで、道場で稽古にはげめ」
と言い置いて、家正は座を立った。
その日のうちに、無三四と捨丸は岡山城内の錬成道場に立った。
しかし、夕刻に稽古を終えると、無三四は大手門横の足軽の組屋敷に押し込められ、捨丸は家正の屋敷に客分として迎えられた。
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