慶長5年1月岡山(その3)
「家正さまのお供で、明日にでも京へ出立するかもしれん」
早朝、道場で顔を合わせた無三四は、稽古が一段落すると、物陰に捨丸を呼び寄せ、うれしそうに言った。
城内の錬成道場で、無三四は無双だった。
それは、すぐに中村家正の耳にも届いた。
宇喜多秀家の正室・豪姫が、越前前田家から嫁いで来たとき、幼い姫についてきたのが家正だった。
仕事のできる家正は、秀家に重用され、やがて家老にまでにまで出世した。
太閤秀吉の猶子であり、寵愛されて育った秀家は、秀吉のための戦いに明け暮れた。そのため、備前岡山藩の戦費は、藩の財政に次第に重くのしかかるようになった。
加えて、万事に派手好みの豪姫の浪費もあり、家政はさらにひっ迫した。
家正は、その家政の立て直しに奔走した。
が、秀家の血脈の重臣と子飼いの側近たちの不満の矛先は、じぶんたちの頭越しに辣腕を振るう家正ひとりに向けられるようになった。
当然、家正の周囲は敵だらけで、命を狙う者もいた。
それで、腕の立つ無三四は、家正の護衛役として目を付けられた。
「京へ出たら、春海坊主をたずねてみるけ。約束通りに、吉岡憲法との果し合いの手はずをつけてもらわにゃ」
無三四は、家正の護衛役など、まるで眼中になかった。
この役回りを、ただ京へ出るための好機、としかとらえていなかった。
「兄者は、ええのう。思い通りに動き回ることができて。それに比べて・・・」
捨丸は、駕籠の鳥のように、思うに任せない我が身を嘆いた。
「しかるべき時が来たら、家正さまにお願いしてみるけ。しばらく待っちょれ」
無三四は、捨丸の肩をポンと叩いて稽古にもどったが、この「しばらく」はずいぶんと長いものになった。
無三四は、京に着いたら、すぐにでも春海の禅寺をたずねようと思ったが、それは叶わなかった。
中村家正は、伏見の宇喜多邸に入ったとたん、秀家の命令で、すぐさま折り返し大坂へ向かうことになった。
大坂城下玉造の浮田左京亮邸に武装して立てこもる、重臣の戸川達安、岡越前守、花房秀成の四武将と作州竹山城城主・新免伊賀守の成敗を、命じられたからだ。
・・・京も大坂も物騒騒然として、なにやら殺気立っていた。
秀家は、何かとじぶんに立てつく従弟の左京亮をうとましく思い、屈服させようとするが、弁の立つ左京亮にいつもやりこめられる。
武力で抑え込もうとすると、今度は、有力な家臣たちを味方につけて抵抗する。
このこじれた関係は、秀家ひとりでは、どうにも解決できなかった。
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