慶長3年12月因幡(その1)
「おお、無二斎どのの倅どのが、ふたり揃って・・・」
あれからさらに肥った大黒忠兵衛は、愛嬌のある丸い顔で兄弟を迎えた。
捨丸の窮地を救ってくれた礼を述べ、
「弟を奴隷にした挙句に、遊郭に売り飛ばした野武士の頭領を成敗するばい」
無三四が言うと、
「ほほう、それは勇ましいことで」
忠兵衛は、しきりに感心した。
「本拠の砦はとっくに引き払い、行方が分からんで。弟が売られた先の遊郭へ行けば消息が分かるはず。今からそこへ出向くつもりじゃけ」
すぐにでも出かけようとする無三四を制した忠兵衛は、
「たしかにその遊郭に当たれば、玄蕃とやらの行方も分かるやも。これも何かのご縁。助っ人つかまつる」
と言い、力を貸してくれることになった。
だが、
「その遊郭がどこにあるかご存知か?」
と忠兵衛にたずねられた無三四は、ただ首をひねるばかりだった。
「あははは」
と笑う忠兵衛に、
「ここからは東方で、たしか広い田圃の真ん中に新しく作られた街でした。高い黒塀と幅のある掘割に囲まれた二階屋で、田圃の先には松林がずっと続いて・・・」
捨丸が、思い出しながらおおよその目当てを言うと、
「それは、巨濃郡の蒲生にある遊郭のことじゃろ。蒲生の三日月銀山は、今では豊臣の直轄領となったが、昔から上質の銀が取れる。諸国から職工やら商人やらが集まって来て、にわかに田圃のど真ん中に大きな町ができた。挙句に女郎屋まで作ってしまっての」
忠兵衛は笑いながら、どうでもよい話をした。
それに気が付いた忠兵衛は、頭をポンと叩き、
「どうじゃろ。ここは正面から乗り込んでは」」
と、面白いことを言う。
さっそく、近くの百姓家から馬を借り出し、忠兵衛を先頭に、無三四、捨丸、それに腕の立つ門人ふたりの五人で、蒲生へ向かった。
蒲生は、およそ百を超える商家やら町屋が立ち並んでいるが、にわか景気に沸き立つ折り紙細工のような安っぽい町だった。
その町の外れに、高い黒塀と掘割に囲まれた遊郭が、城塞のように立っていた。
門を潜ったすぐ横に、格子造りの顔見世小屋があった。
初めて登楼する客は、格子の中の女郎を物色してから、番頭と揚げ代の交渉をする。
捨丸は、格子の中ほどに暗い顔でたたずむ静可を見つけた。
捨丸を見返す静可の目は、驚きで見開いた。
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