慶長2年1月但馬(その7)
ひりひりと沁みる膏薬を打ち身にすりこまれて、捨丸はやっと目が覚めた。
軟膏をすりこむ手を休めてのぞきこむ少女と目が合った。
少女は捨丸よりやや年嵩だろうか、青白い顔も細いからだつきもどこか蜻蛉のようにはかなげな趣があった。
不意に襖が開き、髭面の男が現れた。
少女はあわてて座を立ち、座敷から消えた。
「剣は誰に習った」
髭面の男は傍らにどっかと腰を下ろすと、捨丸を見下ろした。
「父じゃ。・・・いや、父の教えとはちがう。見よう見まねでじぶんで工夫した」
男はしばらく考え込んでいたが、
「父のもとへもどりたいか?」
とたずねた。
捨丸は、こくりと頷いた。
本心は、父や兄よりもお吟に会いたかった。
「それは、ならん」
男は、不敵に笑った。
気をもたせるようなことを言っておいて、『それはできない』と言う。
なんと意地悪な男だろう。
「しばらくは客分として剣術の稽古でもしておけ!」
男はそう言い捨て、座を立った。
客分といっても、やることは変わらない。
相変わらず朝早く起きて沢の井戸へ行って水を汲み、昼からは木こりのように木を切り、薪を作る。
そのあとは砦で剣術の稽古をするのが加わっただけだ。
寝場所が掘立て小屋ではなく、母屋の離れになった。
『ここは野武士か盗賊の巣窟ではないか』
と捨丸は考えた。
二十人ほどの荒くれ者たちが、玄蕃と呼ぶ髭面の大男がおそらく頭領なのだろう。
彼らは、半日は畑を耕し、未ノ刻を過ぎるころ三々五々砦の広場に集まって剣術の稽古をするのを日課にしていた。
捨丸は剣術に夢中になり、いつしかおのれが囚われの身であることを忘れた。
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