慶長2年1月但馬(その6)
朝早くから、山あいを流れる沢の清水を桶に汲み、天秤棒で二つの桶を屋敷まで何度も往復した。
昼は、山から切り出した杉を鋸で切って束ね、母屋の薪小屋まで運ぶ力仕事をやらされた。
へとへとになって母屋に帰り、どんぶり一杯の芋粥を食い、あとは掘立て小屋で泥のように眠るだけだった。
ある夜半にふと目覚め、起き出して扉を押した。
外から錠が下ろされているのが分かった。
このような日々が際限なく続くのかと悲嘆した捨丸は、宮本村へ帰りたいという気持ちが、日増しに強くなった。
ある朝、いつものように水を汲みに沢へ出かけた捨丸は、沢の上流へ遡ってみた。
すると、呼子が鳴った。
長い刀を背にした下人がいずこからともなく現れ、槍を突きつけ、捨丸の首根っ子を押さえつけて母屋へ引き立てた。
翌朝は、沢の下流へ行ってみた。
麦畑が広がる先に、周囲を石垣で固めた高台にある広壮な屋敷が望めた。
それは、小さな砦のようにも見えた。
不意に振り向くと、髭面の大男が腕組みして立っていた。
突き飛ばされるままに、麦畑の畦道を追い立てられ、捨丸は砦の門を潜った。
門の右手の広場では木剣を手にした男たちが、打ち込みの稽古をしていた。
髭面の大男が、捨丸に木剣を手渡した。
捨丸が木剣を振り下ろすのを見ていた小熊のようにずんぐりとした男が、いきなり木剣を振りかざして突進してきた。
上段から振り下ろす木剣を鼻の先でかわした捨丸が、ぴしゃりと小手を打つと、熊男はがらりと木刀を落とした。
そこをすかさず面を打ち込んだので、熊男は頭を抱えてのたうち回った。
「おのれ、猪口才な小僧め!」
今度は、長身の男が、いきなり背後から打ち込んできた。
後ろに目があるように、振り向いた捨丸は木剣で受け止めて横へ流し、やはり小手を打った。
男は手首を押さえてうずくまった。
父と兄以外の者と木剣を交わすのは、初めてだった。
父と兄にはまるで歯が立たなかったが、打ち込んで来るのを蝶のようにひらりとかわして小手を打つずる賢い剣法が自ずと身についていた。
しかし、前後左右から一気に打ち込まれてはどうすることもできなかった。
髭の大男が割って入らなければ、嬲り殺しにされたにちがいない。
気を失った捨丸は、砦の座敷に運び込まれた。
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