慶長2年2月因幡(その4)

しかし、その笑いは、すぐに消えた。

「きえーっ」

田中という若侍が掛け声だけは勇ましく、上段から打ち込んだが、一瞬にして胴をはらわれてうずくまった。

ふたり目の体格のよい若侍が、やはり上段から打ち込んだが、小手を打たれて木刀を取り落とした。

三人目の若侍が木刀を正眼に構えたとたん、捨丸はその場にへたり込んだ。

「いかがした?」

「腹が減った。ともかく飯を喰わせてくれ。戦いはそれからじゃ」

それを見た若侍たちは、再び笑った。

近くの一膳飯屋で朝飯を喰っている捨丸を、先ほど胴を打たれた田中という若侍が、

「先生がお目にかかる」

と呼びに来た。

道場にもどると、床の間を背にして五十がらみの恰幅のよい男が座っていた。

「道場主の、大黒忠兵衛じゃ。お主、当理流の達人と聞いたが、まことか?」

じっと見つめながら問いかける忠兵衛に、捨丸が頷くと、

「当理流と言えば、たしか天下無双の新免無二斎の流派じゃが・・・」

首をひねる忠兵衛に、

「新免無二斎は、わが父じゃ」

捨丸が答えると、道場主は、はたと膝を打った。

「道理で強いはずじゃ。どうしてまたその倅どのが、この因幡におる?」

因幡と言われても、捨丸には因幡がどこか皆目見当がつかない。

兄の弁之助が秋山小兵衛と果たし合うのについて但馬へ行った帰りに、野武士に捕えられ、挙句この地の遊郭に売られたと話すと、

「なに、西国一の剣豪と謳われるあの秋山小兵衛に勝ったとな!」

忠兵衛は大そう驚き、かつ同情した。

翌朝、ともに馬で因幡街道を辿った大黒忠兵衛は、作州との国境まで捨丸を送り届けてくれた。

平福まで来ると、吹く風までがなつかしく感じられた。

宮本の構えの門を潜ると、お吟が裸足で駆けてきた。

捨丸を抱きしめ、お吟はただ泣くばかりだった。

しばらくすると、ひとり稽古を終えた弁之助が、裏山から下りてきた。

弁之助は照れ臭いのか、

「おお」

とのみ言うと、稽古の汗を流しに裏の井戸場へ行ってしまった。

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