慶長2年2月因幡(その3)

・・・捨丸は、隙間から漏れる淡い朝の光で目が覚めた。

小屋の外を歩き回る足音がした。

生乾きの着物を手早く着て、足元の薪を拾い、板の隙間から外を覗った。

五人ほどの遊郭の若い衆が、小屋を取り囲んでいた。

静可も気配を感じて起き出し、着物を着て身構えた。

「扉を開けたら、すぐ横の畦道へ出て突っ走るけん。あとをついてきんさい」

静可の耳元で囁いた捨丸は、扉を開け、身を屈めて一目散に駆けた。

「あっ、野郎!」

若い衆が、すぐあとを追って来た。

朝靄にかすむ畦道の十字路にかかったところで、小屋の裏手にいたふたりが鉤の手に曲がり、右手から駆けてきた。

「逃げて!」

捨丸に向かって叫んだ静可は、背後から迫る三人に向かって両手を広げた。

それをチラと見た捨丸だが、何も考えずにひたすら走った。

半町ほど走って振り向くと、三人の若い衆が静可を取り押さえ、残ったふたりが抜き身を振りかざしてなおも追いすがってきた。

小高い丘の木立にかかったところで、太い杉の木の後ろにからだを隠し、目の前に迫った若い衆の顔面を薪で打ちすえた。

もうひとりの小岩のように大きな若い衆が、脇差を水車のようにめちゃくちゃに振り回して立ち向かって来た。

動きを見切った捨丸が、ふところに飛び込み、奪った脇差で脳天を峰打ちすると、大男は頭を抱えてうずくまった。

静可を取り押さえていた三人の若い衆のうちのふたりが、やはり脇差を手にして駆けてきた。

捨丸が丘を駆け登ると、男たちはあきらめたのか、追っては来なかった。

気が付くと、東の空高く日が昇っていた。

『ここはどこだ?』

皆目見当がつかない。

とりあえず、天道を背にして捨丸はずんずんと歩いた。

遠くの山脈の中腹に大きな石垣が、かすかに見えた。

『ここは、大きなお城の城下町だろう』

と、捨丸は思った。

しもた屋が雑然と立ち並ぶ街並みの中を、闇雲に歩き回っていると、遠くで掛け声がした。

声のする方へ行ってみると、果たして剣術の道場があった。

どうやら朝稽古をしているようだ。

武者窓から覗くと、若い侍たちが声をそろえて打ち込み稽古をしているのが見えた。

しばらく眺めていたが、いずれの若い侍も木刀の振りが鈍く、盆踊りをしているようにしか見えない。

それで、思わず声を出して笑ってしまった。

それを聞き咎めたのか、稽古を止めた若者たちが、表にばらばらと駆け出して来た。

「小僧。何がおかしい!」

詰め寄って胸倉をつかもうとする手を払った捨丸が、

「下手くそだから笑って何が悪い!」

と叫ぶと、若侍たちは笑い出した。

「何を言うか、まだ子供ではないか」

「子供なものか。これでも当理流の達人じゃ」

「剣の達人が、腰に剣も差してもおらんではないか」

「ならば戦うか」

「よかろう。中で打ち据えてやる!」

首根っ子をつまむようにして、若侍たちは捨丸を道場へ連れ込んだ。

「田中、軽く揉んでやれ」

と押し出されたのは、居並ぶ門人たちでいちばん年若の侍だ。

それでも、捨丸よりかなり年長だ。

木刀を握った捨丸が、

「拙者が勝ったら、朝飯を喰わせてくれ」

と真剣な顔で言ったので、道場の者はどっと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る