その5/文禄3年4月美作
・・・宮本の構えにもどった無二斎は、弁之助がいないことに気がついた。
裏山で使用人と畑を耕しているお吟を見つけてたずねると、
「果し合いにいぬら」
お吟は鍬を休め、心配そうに答えた。
「果し合いじゃと!」
つい一昨日、新当流を名乗る有馬喜平とかいう諸国廻行の武者修行者が宮本の構えにやってきて、無二斎に果し合いを挑んだ。
不在と聞くと、
「臆して逃げたかや」
と嘲笑し、
『無二斎が果し合いを受けなければ、日下無双の称号はいただく』
の高札を因幡街道の平福の辻に立てた。
その高札の話を聞いた弁之助が、つい今しがた長押の十手槍を持って出かけた。
捨丸もあとをついていったとお吟は言う。
天稟の才をもって生まれたうえ、大柄で体力もあり、そのうえ無二斎に朝な夕な鍛えられた弁之助は、強い。
その強さは、今や無二斎と同等以上ともいえた。
・・・が、まだ十三歳。
敵は百戦錬磨の武者修行者ではないか。
それに、
『ひとが集まるところに捨丸を出してはならぬ』
とあれほど口をすっぱくしてお吟に命じておいたのに・・・。
ひとの口に戸は立てられぬ。
まして、捨丸は美男の伊賀守に生き写しではないか。
・・・果し合いの場の作用川の百畳敷の河原へ急ぐ無二斎を呼び止める者がいた。
宮本村の庄屋の杢兵衛だ。
「無二斎さまのお子の捨丸だが、孫の千佳に悪さをして困る」
答えず先を速足で急ぐ無二斎にすがりつくようにして、
「千佳を裸にしてメンチョに石など詰めるのじゃ」
と重ねて苦情を言う。
「杢兵衛どの、子供の遊びのことじゃけ・・・」
無二斎は言い捨て、いきなり駆け出した。
吉の川のせせらぎは春の陽光とたわむれ、対岸の斜面では若木が芽吹き、かっこうが空高く舞うのどかな情景だが、百畳敷ではすでに果し合いがはじまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます