その6/文禄3年4月美作
弁之助を大柄なだけの子供と見くびったか、柿染めの襷鉢を巻いた有馬某は、弁之助の前に仁王立ちしたまま、剣もまだ抜いていなかった。
弁之助の方は、さすがに果し合いははじめてなので、屋敷から持ち出した十手槍をぴたりと有馬某の目に据え、腰を落として慎重に身構えていた。
祖父の将監が考案工夫した十手と称する槍は、戦場で使う長槍ではなく、長さ五尺ほどの短槍の穂先の横に鉤型の刃を三日月状に取りつけたものだ。
戦場では、突き、払い、叩きに使え、敵が打ち込む太刀を鉤で受けてねじれば、その太刀を奪うこともできる、まさに万能の武器だった。
子供の遊びとは思えないスキのない構えと十手槍を見た有馬某は、そろりと黒塗りの鞘の長刀を抜き、間合いを三間ほど取って腰を落とした。
二間一間と、すり足の弁之助は、委細構わずにずんずんと間合いを詰めてくる。
竹矢来に追い詰められた秋山某は、ごくりと固唾を呑むと、「きえっ」と掛け声もろともに突っ込み、槍の穂先を払った。
弁之助の持つ槍が横を向いたスキに、有馬某は長刀と両腕を一体とし、宙を飛ぶようにして踏み込み、喉を突いた。
槍と戦うときの常道をこの武者修行者も、・・・無二斎は思わずからだを固くした。
弁之助は、突きに来た有馬某の長刀を、いったん引いた穂先の鉤で受け止め、ひねって叩き落とした。
次に、弁之助は天狗のように高く飛翔すると、有馬某の脳天めがけて十手槍を振り下ろした。
毒でも喰らった猫のように、ふらつきながらもなお踏みとどまろうとする敵の頭に、弁之助は二度も三度も十手槍を振り下ろした。
石榴のように割れた頭を抱えて倒れた有馬某に、遠巻きにしていた百姓や商人やらの見物人は、
「おおっ」
と、どよめきの声をあげた。
そのとき駆け寄った捨丸が、弁之助の脇差を抜き、まだ息のある有馬某の頭上に振りかざした。
『止めを刺そうというのか。・・・これはまずい』
駆け寄って捨丸をかっさらって肩に担いだ無二斎は、一目散に駆け出した。
・・・それからは、裏山の道場で弁之助を鍛えるときは、捨丸も連れていくことにした。
骨格の細い拾丸は、弁之助のような剛直な強さはないが、蝶のようにひらりひらりと攻めをかわしながら、小手を打つずる賢い剣技を覚えていった。
ただ、庄屋の孫の千佳が、いつも稽古を木立の陰から見ていて、捨丸が打たれると、
「捨てちゃんを打っちゃダメ」
と駆け寄り、かばおうとする。
これには無二斎も閉口した。
毎度お吟に命じて、半里も先の庄屋の家へ千佳を送り届けるのが骨だった。
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