その7/慶長2年1月美作
慶長2年の正月が明けると、伊賀守は手勢百名ほどを引き連れ、備前岡山城主・宇喜多秀家の配下として朝鮮へ出兵した。
無二斎は家老のひとりとして、竹山城に詰めきりで城主の留守を守った。
弁之助は十六歳で、上背はすでに六尺をゆうに超え、筋骨たくましい若者となった。剣術の腕は、すでに父親を凌駕していた。
稽古をつけてくれる無二斎が長く不在となったので、ひとり稽古もままならない。
これを機に、弁之助は諸国廻行の武者修行の旅に出ようと思い立った。
むろん父の無二斎には無断だ。
その手始めに、まず近隣の武芸者で腕を試してみようと、平福の素戔嗚神社の神職にいろいろたずねた。
神職は、但馬国に秋山小兵衛という西国一の剣術使いがいることを教えてくれた。
逸る弁之助がお吟に打ち明けると、
「まだそげなことをするには早すぎるばい。しかも親爺どのがおらんではないか」
と、お吟は反対した。
命を落とすかもしれない武者修行の旅などに出ずとも、父と同じように新免伊賀守の家来衆となり、城の剣術指南役も引き継げばよい、とお吟は意見した。
しかし、弁之助は『思い立ったが吉日』とばかりに、明朝にでも旅立つと言い張り、お吟を困らせた。
夜明け前、寝床を抜け出そうとした弁之助は、枕元に新しい下着と鎖帷子、それに握り飯が山ほど置いてあるのに気が付いた。
宮本の構えを出た弁之助のあとを、小さな影がついてくる。
「わりゃ、なにしょんなら」
振り向いて叱ると、
「兄者、じぶんもいくばい」
捨丸が白い歯を見せて微笑んだ。
「わりゃ、来ちゃいけん!宮本村を一歩も出ることはならん。何かあったら、吟姉が悲しむけ」
弁之助は足元の石を拾って投げつけるが、捨丸はひょいとかわし、にこにこ笑いながらあとをついてくる。
そんなことを繰り返しながら夜明けの因幡街道を歩くと、いつしか但馬との国境まで来てしまった。
雪の残る峠を越えると、商家と旅籠が建ち並ぶ追分だ。
左を行けば因幡、右は但馬。
茶屋で秋山小兵衛の道場のある有子山へ行く道をたずねるが、老婆は耳が遠いのか、
いくら大きな声で話しても要領を得ない。
奥に入って爺さんを連れてきたが、こちらも同じように耳が遠い。
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