その8/慶長2年1月美作

「有子山の秋山道場へ行って何とする?」

床几に座って竹筒から水を飲んでいた乞食のようななりの坊主が、たずねた。

「果たし合う!」

弁之助がきっぱりと答えると、

「なりは大きいが、まだ子供ではないか」

乞食坊主は、弁之助と拾丸を見やってから、小馬鹿にするように言った。

「子供じゃなか。儂は十六、弟は十三じゃ。もはや藩の剣術指南役の父を超えたは!」

「ほほう、そなたの父親はどこの藩の指南役じゃ?」

「作州竹山城の新免家じゃ」

「ということは、新免無二斎か、お主の父親は」

「知っとるのけ?」

「まんざら知らぬでもない」

坊主は立ち上がって伸びをすると、

「秋山小兵衛は、見ず知らずの武者修行者などとは立ち会わんぞ。まして子供なんぞと。よし、拙僧が案内してつかわそう。お主が敗れれば、骨など拾うこともやぶさかではない」

腹をゆすって笑う乞食坊主は、先に立ってすたすたと山道を下りはじめた。

・・・半日歩いたあと、有子山の麓の街道をはずれた木立の中に秋山小兵衛の立派な道場を見つけた。

ここで、有子山城の侍たちに剣術を教えているという。

「たのもう」

乞食坊主が、玄関で案内を乞うと、

「どうれ」

刺子の道着姿の若い侍が現れた。

「京から春海坊主が来たと、秋山さまにお取次ぎくだされ」

しばらく待つと、取り次いだ若い侍に変わって、訳知り顔の中年の侍が現れた。

「おお、中津さま、お久しゅうございます。今日は、秋山先生に指南を所望する若者を連れてまいった。よしなにおとり計らいを」

中津という侍は、じろりと弁之助と捨丸を見て、

「入門の願いに来たのかな」

と春海にたずねた。

「あ、いや、そうではござらん」

と、春海は弁之助を促す。

「拙者は、作州竹山城の新免無二斎の倅、弁之助と申します。ぜひとも、秋山先生に一手ご指南いただきたくまかりこしました」

とつとつと口上を述べる弁之助を中津は見つめ、

「おお、日下無双と謳われる無二斎どののご子息か」

と、しきりに感心している。

「若輩ながら、すでに父上の無二斎どのを凌駕する腕前、・・・あ、いや、本人がそう申しておるだけで、拙僧も確かめたわけではない。まずお弟子のかたにお相手などお願いできませぬか」

春海は坊主だけに、口説はなめらかだ。

「どうぞ、よしなに」

弁之助も頭を下げた。

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