慶長5年10月岡山(その14)
「ここからは、新免捨丸と石垣玄蕃の私怨による果し合いじゃ。何人たりとも手出しはならん。手出しする者は、この無三四が叩っ斬る」
無三四が鬼のような形相で叫んだので、遠巻きに取り囲む誰もが刀を収め、ふたりの果し合いを見守った。
「ふん」
不敵に笑った玄蕃が、小脇に抱えた短槍を構えるや否や、捨丸の喉を目がけて突き入れた。
捨丸は、この奇襲は読んでいた。
穂先を跳ね上げ、返す刀で玄蕃の胴を払った。
半間ほど飛び退った玄蕃は、今度は槍を膝の下あたりに低く構えた。
捨丸は脇差を抜き、長刀とともにハの字にだらりと構えた。
この槍と二刀の対決は、覚えがあった。
捨丸は、但馬と作州の国境近くの野武士の砦で、玄蕃の槍と二本の木刀で戦ったのを思い出していた。
それは、玄蕃も同じだろう。
あの時は、玄蕃が捨丸の胸目がけて突き入れた槍を、下から二刀を交差させて槍を跳ね飛ばした。
・・・玄蕃が、同じ轍を踏むはずはない。
低く構えたのは、別の戦法を考えたはずだ。
が、考える暇もなく、玄蕃は槍を横に引くや、そのまま突進してきた。
あわてて退いた捨丸の足を、槍が唸りをあげて襲った。
さらに退くと、反転した槍が再び足元を襲った。
今度は、跳び上がって槍をかわすしかなかった。
着地したところへ、槍を捨てた玄蕃が、長刀を抜きざま袈裟掛けに斬った。
捨丸は、二刀を十字に交差させ、これを組み止めた。
そのまま押し込んで来る玄蕃の太刀を挟みつけ、押し返そうとしたが、力比べなら玄蕃の方が勝っている。
玄蕃の太刀が目の前に迫った時、捨丸は後方へ転んだ。
急につっかえ棒を外されたように、玄蕃は太刀を突き出したまま、勢い余って捨丸を飛び越えた。
たたらを踏んで踏みとどまり、反転して立ち向かおうとする玄蕃の首を、交差させた二刀で挟みつけると、いったん宙に浮いた玄蕃はのけ反り、首から鮮血を噴き出して朽ち木のように倒れた。
無三四と捨丸のふたりで、奥方と百合姫の縛めを解き、十字架から抱え下ろした。
・・・ふたりの息は、とうに絶えていた。
白日の下に横たえた百合姫の顔は、まるで寝入っているかのように安らかだった。
その遺骸に左京亮が跪き、十字を切った。
「玄蕃が捕らえた信徒に『じぶんが贖うから、転べ』と声をかけたそうではないか」
霊名をパウロといい、宇喜多勢の中で一番熱烈なキリシタン信徒であったという左京亮は、首から銀のクルスを外し、百合姫の胸に置いた。
「立派な殉教者だ。儂も、いつかはこのように死のうと思っていた。しかし、どうしたことか、儂は神を見失ってしまった」
ひとしきり涙を流した左京之助は、傍らに立つ掃部守の手を握りしめた。
「パライソに召されて神の傍らに座るのは、ラクダが針の穴を通るよりも難しいというたとえもある。ましてや、我らのごとき罪深き者にとっては・・・」
涙で頬を濡らした掃部守は、天を仰いだ。
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