慶長5年10月岡山(その12)
無三四は、生まれ育った故郷で出直そうと、作州宮本村にもどった。
竹山城に籠城して浮田左京亮軍と戦い、城が池田輝政軍にいったん接収された後は、保木城に入った高垣玄蕃とひとりで戦う捨丸の武勇伝を姉のお吟から聞き、無三四は驚いた。
捨丸の身を案じるお吟の頼みもあり、無三四はすべてを知る井口長兵衛の屋敷をすぐさまたずねた。
『捨丸どのは、大変なことに巻き込まれておりますぞ』
長兵衛は、このひと月ばかりの間に起こった出来事を、余さず無三四に語った。
・・・傾きかけた日の光が、山の尾根の杉の木の枝を赤く焦がしていた。
尾根を越えれば保木まであと半里というところで、無三四の足は止まった。
崖を下ったところに、銅採掘の廃坑を見つけた無三四は、坑道の入口の板囲いを剥がして中に入った。
火を熾して暖まり、握り飯で腹ごしらえをした。
腹がいっぱにになると、長兵衛に城下の様子を探りに出てもらい、無三四は保木城の外郭を見て回った。
いちど捨丸に侵入を許して、百合姫を奪われたので、南北に長い城壁の周囲に篝火を絶やさずにいる保木城の警戒は、厳重を極めていた。
もどって来た長兵衛は、
「明日にでも、百人ほどのキリシタン信徒を天神山城に移し、そこで十字架にかける動きがあったそうじゃ。だが、不思議なことに、ほとんどの城下のキリシタン信徒はすでに解放され、家にもどったということじゃ」
と、キツネにつままれたような顔をした。
何があった?
無三四は、今すぐにその訳を知りたいと思った。
長兵衛とともに彼の親戚の隠居老人をたずね、昨日解放されたという、近くに住むキリシタン信徒の鋳掛屋を教えてもらった。
「百合姫さまが、『転びなされ』と、牢内のわれらに告げて回ったのじゃ」
ひそかにクルスや教具も作るという鋳掛屋の主は、目に涙を浮かべて言った。
『明石の叔父上も、必ずそうおっしゃるはず。罪はすべてわらわが贖う』
姫はそう諭したという。
廃坑にもどった無三四は、作戦を練った。
保木城から天神山城までは、細い山道をだらだらと一里ほど登らねばならない。
隘路では、隊列も細長くなるので、そこを山側から襲い、人質を奪う。
奪ったら、すぐさま谷側へ逃げる。
吉井川に舟を待たせておけばよいが、その手配のための時間がとれるかどうか?
まず先回りして、山道で待ち伏せすることだ、と無三四は考えた。
・・・捨丸は、裏山の藪に潜んで待った。
東の空が白むころ、城門が開いた。
白馬に跨った赤い陣羽織の玄蕃が、騎馬隊を率いて現れた。
後ろ手に縛られ、裸馬に乗った白装束姿の奥方と百合姫が続き、鉄砲や短槍を肩に担いだ軍列が、しんがりに付いた。
隊列は、山道を登って天神山城へ向かうとばかり思ったが、以外にも、吉井川沿いの細い道を一列になって進んだ。
あわてた捨丸は、これは天神山城で待ち伏せするしかない、と一目散に山道を駆け登った。
百人ものキリシタン信徒を十字架に架けると聞いたが、奥方と百合姫のふたりだけとはどうしたことか?
『キリシタン信徒をすべて解放する』とデウス神に誓った左京亮の使いは、まだ保木城に到着していない。
吉井川の川沿いの道をたどる玄蕃の長い隊列は、天神山城の高台を、螺旋状に巻くように登っていた。
捨丸は、ようやく高台裏の窪地に辿り着くことができた。
見上げると、吉井川をはるかに見下ろす天神山城の跡地の、船の舳先のように突き出た台地に、奥方と百合姫を括りつけた二基の十字架は、高々と掲げられていた。
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