慶長5年9月関ケ原(その6)

笹尾山の頂上に立った捨丸は、関ケ原一面に旗指物や甲冑や馬の死体が散乱し、万をゆうに超える戦死者が倒れ伏すのを見た。

早朝からつい数刻前まで、功名を挙げようと戦場を駆け巡った数多くの勇者が、その命を失った。

関ケ原という名の死者の海を、勇者たちの霊魂は、まだ漂っているようだった。

捨丸は、いくつもの尾根を越え、ようやく伊吹山の麓に辿り着いた。

この特別な一日の天道の最後の輝きが、木立の中で鬼火のように煌めいていていた。

と、いきなり数本の竹槍が、背後から襲いかかった。

そのうちの一本が、栗毛の腹を突いた。

竿立ちした栗毛から振り落とされた捨丸を、数本の竹槍が襲った。

長刀を抜きざま竹槍を払ったが、今度は鍬と鎌を構えた百姓たちが、捨丸を取り囲んだ。

「たしかに西軍ゆかりの者だが、金目のものはない」

捨丸が叫ぶと、

「その首をもらうぎゃ」

と百姓が喚いた。

抜いた長刀を、めったやたら振り回すと、百姓たちは蜘蛛の子を散らすように、逃げ去った。

痛む足を引きずり、森の中を闇雲に突き進むと、小高い丘に出た。

藍色の空に、雨に洗われた鎌のような月が昇ってきた。

木立の間を、白煙が流れていた。

煙の先へ向かって細い坂道を登りきると、突き当りに炭焼き小屋が見えた。

煙だけではなく、なにやら美味しそうな匂いも漂って来た。

這うようにしてようやく小屋に辿り着いた。

が、警戒心もなくなるほどに飢え、疲労困憊した捨丸は、思い切りよく引戸を開け、土間に転がり込んだ。

板間に切った囲炉裏に薪をくべる武将が、振り向いた。

囲炉裏にかけた土鍋が沸騰し、汁がこぼれた。

従卒が、横から捨丸を取り押さえた。

「落武者か?」

「宇喜多軍じゃ」

「居城は?」

「作州竹山城」

そこへ髭面の武将が、

「たしか、家康の首を取ると抜け駆けした友清のあとを追った新免衆の若侍ではないか。友清はどうした?」

問いかけた。

「はっ。敵と組打ちしているところを、敵の騎馬の槍で・・・」

「討たれたか?」

「はっ。仇を討とうとしたのですが、そこへ大砲の弾が落ち、気を失いました」

と言った捨丸が、髭面の武将をよく見ると、それは宇喜多軍の侍大将の明石掃部守だった。


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