慶長5年9月関ケ原(その1)

九月十四日。

大垣城を出た八万の西軍は、暗闇の中を松明も点けずに、決戦の地の関ケ原へと向かった。

折からの雨に、兵たちはずぶ濡れになりながら、山あいの道を黙々と行進した。

宇喜多秀家軍が、天満山に到着したのは、翌十五日の明け六つ前だった。

すぐに、東軍を迎え撃つ五段の陣を、高く盛った土塁の後方に築いた。

驚いたことに、西軍しんがりの宇喜多軍を追尾するようにして、同じく八万の東軍もすぐに関ケ原に到着し、平地に陣を敷いた。

まるで、大蛇の尻尾を別の大蛇が呑み込むように・・・。

「霧が晴れたら決戦じゃ」

宇喜多軍の中を、噂が走った。

霧が晴れる前に、全軍があわてて兵糧を使った。

それにしてもひどい霧だった。

いや、霧なのか闇なのか、それすらわからない。

・・・まるで、先が見えない。

その時、鬨の声もあげずに攻め入った敵の一隊があった。

まだ夜明け前なのに、総攻撃の前の抜け駆けか、あるいは、物見だけのつもりが、濃い霧で道に迷って西軍に紛れこんだのか?

崩れた隊列を立て直した宇喜多軍は、霧の中を槍先をそろえて突き進んだ。

敵は銃撃してきたが散発に終わった。

・・・なにせ深い霧なので、敵も味方も分からない。

この銃声から四半刻の後、戦鼓を打ち鳴らして福島正則軍が攻め入ってきた。

まず鉄砲隊が激しく銃撃し、次に急速に薄れゆく霧の中を鬨の声をあげた槍隊が突撃した。

土塁を出た宇喜多軍も、鬨の声をあげ、太鼓丸の旗を押し立てて応戦した。

新免衆の捨丸は、いきなり突きかかってきた槍を長刀で二つに断ち切り、顎の下を払うと、大柄な兵卒がのけ反って倒れた。

次には、背後から斬りかかってきた刀を鍔で受け、返す刀でその腕を切り落とした。

宇喜多軍と福島軍が入り乱れて戦い、敵味方それぞれの兵が、次々と泥水の中に土くれのように転がっていった。

白馬に跨った騎馬武者が、捨丸目がけて槍を突き入れてきた。

かわした槍を小脇に抱え込み、武将の具足と馬の下腹を束ねるようにして、斬った。

白馬は天に駈け上るように竿立ちし、武将は馬の尻を滑り落ち、泥水に仰向けに転がった。

捨丸の脇を鉄砲玉のようにすり抜けた足軽が、武将に馬乗りになり、素早くその首を掻き切った。

・・・遠くで法螺貝が鳴った。

それが合図なのか、福島軍は潮が引くようにして退却していった。

しんがりに追いすがった捨丸は、面白いように斬りまくった。

「深追いするな。引け、引かんか。猪武者め!」

頭上から鞭が降ってきた。

痛む頬を押さえて振り向くと、十字架を模した花久留須の旗を背に、栗毛に跨った武将が、

「逃げる者を無為に殺して何とする!」

鬼のような形相で睨みつけてきた。

宇喜多軍の侍大将、明石掃部守だった。

再び、法螺貝が鳴った。

二段に構えた福島軍の鉄砲隊が、再び隙間なく撃ち込んできた。

藤堂高虎軍も加わった敵は、土煙をあげ、雲霞のごとく襲いかかってきた。

「殺らねば、殺られる」

死ぬる恐怖に総毛立った捨丸は、阿修羅のごとく斬りまくった。

頭から桶で血を浴びたように、手も髪も武具も朱に染まった捨丸のからだに、鉄砲玉の二発や三発は喰いこみ、刀傷は数知れなかった。

・・・しかし、宇喜多軍は総崩れとなった。




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