その3/天正13年11月美作

吉野郡粟井荘を本拠とする粟井一族が突如謀反を起し、竹山城に迫った。

無二斎はすぐさま伊賀守に従い、打って出た。

戦いは数か月に及んだ。

伊賀守の伯父の備中守貞弘と備後守家貞が篠吹、高田の二城から出兵し、吉の川の両岸から挟撃して粟井一族を撃破した。

天下人の豊臣秀吉の惣無事令によって、大名間の戦は禁じられていた。

が、作州では国衆が乱立し、西の備前岡山の宇喜多家、東の播州姫路の黒田家のふたつの大国のはざまで、新免家は常に揺れていた。

無二斎は新免家に頼らずに、自領の三十間四方ほどの宮本の構えを護るためには、己の武名を高めるしかないと考え、今や嫡男となった弁之助を厳しく鍛えた。

五歳にしては弁之助は大柄で、筋骨もたくましかった。

なによりも武骨で不敵な面構えがじぶんに瓜ふたつなのが気に入った。

裏山の空き地の道場から、無二斎が汗みどろになって屋敷に帰ってくると、台所の竈でお吟が使用人と飯を炊いていた。

お吟は、背に負った赤ん坊がぐずるのを、

「捨てちゃんや。捨てちゃんや」

と、あやしていた。

「なんぼうにも捨てはおえんやろ」

無二斎は、お吟を叱った。

叱りはしたが、はたと困った。

なりゆきで連れ帰ってお吟に育てさせたが、この先、赤ん坊をどうすればよいのやら・・・。

『いっそくびり殺してしまおうか?』

などと、無二斎は不埒なことを考えたが、この「捨て」は今やお吟の大のお気に入りなので、今更それはできない。

「どげな子じゃ」

無二斎にしてはめずらしく、猫なで声でお吟にさぐりを入れた。

・・・めんどうをみるのは、なんといってもお吟なのだから。

「ぼっけーええ子じゃ!」

お吟なりに何かを感じたのか、無二斎をにらむようにして答えた。

無二斎は、あとはお吟にあずけてしまえ、と腹をくくると、それからは赤ん坊にまったく興味を示さなくなった。

「捨てちゃん」と呼ぶのを止めたお吟は、今度は「捨丸」と赤ん坊に話しかけるようになった。

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