雪待ちの人

@chauchau

二人で


「あぁ……」


「なに?」


「降ってきた」


「雪?」


「雨」


「ふぅん」


 彼女の声に含まれる落胆に、男は眉をしかめた。彼が知る限り、寒いのが嫌いな彼女は、同じくらい雪に良い感情を抱いていないはずだったからだ。

 ちゃんちゃんこを着込んだうえで入り込んだまま動かない彼女が待つ炬燵へ、彼は足を入れる。外気が入り込むと彼女が顔を顰めたので、寒さを克服したわけでないことは間違いない。


「知らなかった、雪は平気なんだな」


「好きか嫌いかと聞かれたら、あんまり好きじゃないかな」


「なぞなぞ?」


「違う」


 大きなカップから湯気が立ち込める。

 男が炬燵から出る理由となったココアへ、彼女は美味しそうに口を付ける。たっぷりと乗せた生クリームが可愛い髭面を生み出した。

 じっと男の顔を見つめ続けてくるのは、甘えようとしてくる時の彼女の癖だった。


「雪が降ったら出掛けても良いかなって」


「降ったら? 止んだら、じゃなくて」


「降ったら」


 年末の買い出しに行こうと男が提案したのは今朝の話。そして、テレビから流れる今日の気温を聞いた彼女が難色を示したのも今朝の話。濡れてしまう雨よりはマシであろうが、それでも寒さが嫌いな彼女が外を出掛けても良いと思える理由には結びつかなかった。


「降参」


 彼女が雪を許した理由も。このタイミングで甘えようとしてくる理由も分からずに、男は万歳をして早々と負けを認める。本音を言えば見つめてくる彼女の顔をもう少し見つめていたかったが、それをし過ぎてしまうと拗ねさせてしまうことは学習済である。


「雪が降ったらさ」


「うん」


 ぽてり。

 机に突っ伏した彼女の頬がふにりと形を変える。


「外で手を繋いで歩いても絵になるじゃない?」


「……」


「じゃない?」


 降らなくても繋げばよいとか。

 絵になるかが問題なのかとか。


 思う所はあったけれど。


「……そうだな」


 その一言をひねり出すだけで、彼には精一杯だった。

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