第2話「今夜の話」

 電車が止まった振動が、夢現の状態から現実に戻してくれたらしい。



 でも一番、衝撃的だったのはアナウンスだ。



、河口湖~。どなた様もお忘れ物のないように――」



 僕が行きたかったのは、東京駅から新宿駅であって、河口湖ではない。そもそも河口湖は山梨県だ。都内すら出ている。


「どういう事?」


 呟きに答えてくれる人なんて、車内にもホームにもいなかった。


 終電の終点だ。しかも東京から河口湖まで移動するなんて、酔っ払いでもなければいるはずがない。


 電源を切っていた携帯電話を取りだし、リダイヤルする。


「確かに、東京と新宿は色んな手段があるからねェ」


 電話に出た孝代さんは、真っ暗なホームに相応しいくらい眠そうな声だった。それだけの時間が経っていたし、そんな時間だ。


「山手線でも中央線でも行けるしね」


 笑い声。


「勿論、でも」


 そして呆れ声。


「その富士急に乗ったよ」


 だから終点が河口湖なんだと言った僕に、孝代さんは真面目に声になる。


「東京新宿って一駅で、15分でしょ。何があったの?」


 そう、15分だ。


「何があって、3時間も乗り続けたの?」


 何があって3時間も乗ったか、それは――、



「寝た」



 思った以上に疲れていたんだ。


「終電で寝ないで」


 ……ごもっとも。


 15分で爆睡して、そのまま3時間も寝続けた結果、ここだ。


「線路沿いに歩いたら、そのまま帰ってこられるんじゃない? スタンドバイミーみたいに。知ってる? 映画」


「知ってるよ」


 多分、まだ僕は寝ぼけてたんだと思う。



***



 孝代さんがいったのは「線路沿い」だった。


 でも僕が歩いているのは線路の「上」だ。


 スタンドバイミーの印象が、線路の上を歩いているシーンばっかり残ってるからだ。22時過ぎは深夜という程じゃないけれど、河口湖周辺は本当に何もない。昼間は観光地だからタクシーもあるんだろうけど……。


 見上げれば月と星ばかりの空。


 そんな空の下に響いてくる音と、振り向いて視界に飛び込んできた光景は、多分、一生のトラウマだ。


 電車のレールは常に滑らかでなければならないため、定期的に研磨する必要がある。


 しかしヤスリでも使って人海戦術でやる訳じゃない。


 だ。



 深夜に走らせているという研磨車は、その時、僕の背後からは火花を上げて走ってきた!



「おいおいおいおい!」


 何が起きたかと走り出した僕だったけど、真っ直ぐ走るのはどう考えても選択ミスだ。


「おおおーッ!」


 雄叫びというか悲鳴というか、よく分からない大声を上げて、僕は横っ飛びに飛び退いた。


 線路から離れ、しかも着地の体勢なんて考えずに跳んだものだから、派手に転び、転がり落ちる事になったけれど、研磨車に巻き込まれるような事はなかった。


 肩で息をしながら、震える手で上着のポケットを探る。


 携帯電話を取りだし、リダイヤルなんて機能がある事に感謝しつつ――まともにボタンが押せるような状態じゃなかった――最後に通話した相手に電話する。


「はい、もしもし」


 寝ようとしていたのか、孝代さんの声は間延びしていたけれど、それはこの際、知った事ではない。


「孝代さんが一人スタンドバイミーでもして帰ってこいっていうから、いつの間にか一人インディジョーンズになってたよ!」


 返事など待たずにまくてる。


「知ってる? 映画。洞窟で後ろから大岩に追い掛けられるシーン。アレだよ、アレ」


「……どういう事?」

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