リベラティオ コミュニティ

第11話

 <ベスティア>との戦いから一日経った今、僕はまた真っ白な空間に来ていた。

 あの戦いの後、通路の奥までたどり着くと<サクスム>との接続が切られてまたここにいたのだ。

 そして試合後の一日は何をしていたかといえば、何もしていない。僕は今もぼうっと脱力して白い床に寝転んでいた。


「ジェイさま、そろそろ現実逃避は十分ですか?」

「はぁ、分かったよ。まったく世知辛いな」


 ラブの何度目かの咎める声に体を起こしてタブレット端末を見れば、律儀に生命維持費の1クレジットが引かれ220クレジットと表示されている。これが僕の報酬だった。

 たった一回の戦いで得られたそれは生きているだけなら半年以上働かないでいられる額だった。一体高いのか安いのか。

 少なくとも言えるのは、僕は一日現実逃避するくらいにはもうやりたくなかった。試合後半のよく分からない無鉄砲な自分を思い出しては白い床をのたうち回る。時間が経つほど嫌な感情が高まって、無駄な抵抗と知りつつも無意味な言葉を呟いた。


「これであと二百日は生きていけるはずなんだけどね」

「でも、そのクレジットで他の人は確実に強くなるです。また二百日後にもう広く知られた奇策で戦うのですか?」

「はあ、わかっているよ」


 そう、ここで手に入れた僅かな安息にかまけて日々を浪費した先にあるのは破滅だけだった。そんなことは分かっていた。

 僕は初戦を新人同士で情報がないから出来た奇策で勝利した。でもきっと次はない。知られた奇策はもう奇策ではないのだから。

 ああいった奇策も使ってくるのだと、僕の得た報酬から何から割り出され、あらゆる可能性が検討されるだろう。それはなにより優秀な疑似人格が味方にいる僕だからこそ確信していた。

 この勝利で得たクレジットを全て注ぐくらいでやっと未来を生きる可能性が生まれる。それだけ厳しい世界。

 僕はふと昨日倒した顔も名前も知らない相手を思い出した。


「昨日戦った<ベスティア>に乗っていたやつはどうなったのかな」


 試合終盤、僕は怒りのままに相手を倒したけれど、決して名も知らない彼を嫌っているわけではなかった。怒っていたのはこの厳しく理不尽な世の中に対してで、むしろ対戦相手にはその強さへの尊敬と同じ境遇という同情を抱いている。

 そんな彼の末路を思って暗く呟いた僕に、ラブは軽い調子で返した。


「きっと生きているですよ」

「え、でも<ベスティア>を100クレジットで買うと限界ぎりぎりだったよね?」

「前にも言ったですが、闘技大会はエンターテイメント、興行です。もちろん真剣勝負ですし勝てばより多くの賞金が貰えるですが、<帝国>の求める成果は観客を盛り上げることです。負けたからといって破棄処分にはならないですよ」


 そうだった。他の二つの選択肢が実戦だったから引っ張られていたのかもしれない。

 闘技大会は飢えた帝国国民への娯楽だ。これこそがラブの勧めた理由かもしれないが、たとえ負けたとしても死ぬわけではない。負けて慈悲なく叩き殺されるか、あるいはクレジットが尽きてようやく僕らは死ぬんだ。


「つまり、まだ生きている?」

「ハイです。彼はこのラブの考えた策を受けながらも土壇場で成長を見せて<ベスティア>の全壊を免れ、満身創痍ながら最後まで戦い十分に会場を盛り上げたです。クレジットもジェイさまほどではないですが、再起できるほどには貰えたはずですよ」


 僕はほっと息を吐く。明日は我が身の境遇からか、決して他人事ではなかった。あの状況で起死回生のモルトシュラークが決まっていたら僕こそが彼の境遇になっていた。

 そんな僕の内心なんて放っておいて、ラブはばたばたと手足をふって僕に近づいた。リベラティオに乗っていたときはそんな仕草も小さく可愛かったけれど、この空間では人間大だ。ジェイさまジェイさまと耳元で騒がれ、正直うっとおしく思いぞんざいに聞く。


「騒がしいなあ、どうしたの?」

「どうしたのって早く決めてほしいのです!」


 僕は反射的に手元にあるタブレット端末に目を落とした。

 そこには予算が増えたからか、前回以上に多くの商品が並んでいる。より最新の世代に近いリベラティオに特殊な武器や闘技大会で活躍した大型スラスターのような追加装備。

 その数は前回の倍以上に増えていて正直今すぐには決めようがなかった。


「決めるって、いくら時間が有限とはいえリベラティオの機体と装備は焦って決めることじゃないでしょ」

「そうじゃないです。まったく何回もお伝えしたのにジェイさまはぼうっとしていたから聞こえていなかったみたいですね」


 ラブはそこまで言うとやれやれと大袈裟に首を振った。そしてびしりと人差し指を僕に向けて言う。


「いくつかのコミュニティから参加権限が渡されたですよ!」

「コミュニティ?」

「ハイです。簡単に言うなら仮想空間に作られたジェイさまのような生体ユニットたちの交流の場です。主に情報交換や不要になった物の取引などをやっているですね」

「うーん。行った方がいいのかなあ?」


 僕はラブの説明に頭を捻って唸る。正直言って困っていなかった。少し心配になるけれどラブはとても優秀で、今回出し抜けたことから情報という面ではむしろ優れているからだ。

 でもそんな僕にラブは一層大きな声で言った。


「ぜぇったいに行った方がいいです。ラブはある程度<帝国>の情報にアクセス出来るですが、リベラティオの要の超能力だけは教えられないのですよ」


 僕もそれは知っていた。それこそがリベラティオが完全にコンピューターによって操作されるのではなく、不完全で不安定でも人間が操作する理由だった。

 超能力の分野は<帝国>でもまだ未開拓の分野だ。なぜ人間は使えるのか、なぜ人間を模した機械には使えないのか。はっきりとしたことは分かっていない。

 今<帝国>が把握しているのは完璧に情報をフィードバックする、人間と同じ感覚で動かせるリベラティオならば超能力が発動するということのみ。それ以上を知りたいのならば今まさに現場で使っている生体ユニットに聞くしかなかった。


「ラブは人を模してはいるですが、肝心の体を持たないです。超能力は体、脳を備えた体がないと使えないですから、実戦的な超能力の使い方についてはコミュニティの人に教えてもらうしかないのです」


 それはまったく正論だった。

 コミュニティに入らない者と入る者で必ず差が出ると分かっていて、明日も生きたい僕がもう否と言うはずがない。

 もう余計な口は挟むまい、と僕はラブに更なる情報を求めた。

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ブレインダービーショウ オマケ @c_drive

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