50.師匠のためなら
絶対零度。
世界における最低温度で、それより低い温度はないとされてきた。
だけどそれは、人間には観測できない未知の領域であるだけだ。
理、常識、法則。
それら全てを無視し、限界のさらに先へと導く方法。
それが魔術であり、魔術師だ。
「いくぞ」
氷鎧を解除して、僕は魔神の懐へもぐりこむ。
それと同じタイミングで、魔神は氷の束縛から解放された。
魔神の拳が、僕の頭上に迫る。
だけど、関係ない。
拳が振り下ろされるよりも一瞬。
ほんの一瞬速く……
身体に触れられれば――
「【
僕が右手で触れた瞬間、魔神の腹は氷に変化し、触れた場所から足にかけてバラバラに砕け散る。
「ご、ぐぉあっ!」
氷麗術式の奥義――【氷消瓦解】。
その効果は、絶対零度を超える冷気を生成すること。
厳密には絶対零度を超える冷気など不可能。
だから、魔力によってそれに最も近いものを生成した。
つまり、まったく新しい冷気の力。
この冷気は、魔力を凍結する性質を持っている。
魔力は目に見えないし、実態のない力。
本来は捉えることは出来ないそれに、この冷気は干渉できる。
「魔神はほとんど魔力の集合体なんだろ? だったら効果は抜群だよな?」
使用できるのは一瞬だけ。
限界を超えると、僕自身が凍って砕ける。
わずか一秒にも満たないが、刹那のうちに触れさえすれば、相手を内側から凍結させられる。
それでも下半身だけか。
半分しか削れなかった……さすが魔神。
だけど、魔力は循環する。
氷消瓦解の効果が混ざった魔力が、残り半分に浸透すれば!
パキパキ――
魔神の表皮にヒビが入る。
「よし、そのまま砕けろ!」
「させないよ」
黒い影が魔神を飲み込む。
僕はその衝撃で真下に落とされるが、受け身をとって立ち上がる。
頭上にはエクトスがいた。
影は小さくなり、エクトスの手の中に吸収される。
「危ない危ない! 危うく大事な魔神様を失う所だったよ」
「っ……お前……」
「驚いたなーホント。まさかもまさかだ! 復活直後で魔力が不活性だったとはいえ、たった一人で魔神を倒すとはとんど英雄だよ」
まずいな。
さっきの業の反動で、氷麗術式が上手く制御できない。
これじゃまともに戦えない。
「でもやっぱり無理してるよね? 今の君なら、簡単に殺せそうだよ」
「くっそ……」
「誰を殺すってぇ?」
雷鳴が轟く。
「何だ?」
魔術による落雷?
それに今の声は間違いない。
「シルバ兄さん?」
「おう! 俺だけじゃないぜ! もっと怒ってる人がいる!」
エクトスの足元が燃え上がり、炎の柱が立つ。
空へと昇った炎がエクトスを襲う。
「今度は炎か。しかもこの火力は中々だな」
「私たちの弟に手出しはさせない」
「グレー兄さんも! どうしてここに? 二人とも依頼で遠征に出ていたはずじゃ?」
「ああ途中だったさ。でも王都襲撃の知らせが遠隔通信で流れたからな。俺の術式でぶっ飛んで、途中で兄上と合流したんだよ」
ぶっ飛んでって……一体どこから帰った来たんだ?
無茶苦茶だけど、お陰で助かった。
「ありがとう。グレー兄さん、シルバ兄さん」
「まだ礼は速いぜ。なぁ兄上?」
「そうだな。こいつを倒すぞ」
「はっははは……これはまた面倒な相手が来たねぇ~ ここは一旦――」
氷が砕ける音が響く。
王都を覆っていた氷の茨が砕けて、街が露になっていく。
奇しくも僕とエクトスの視界の先には、同じ人物が映っていたらしい。
「はぁ……はぁ……」
「師匠」
「ああ、なるほどそっちが先か。なら丁度良い」
エクトスが影に包まれ消える。
「逃げたか?」
いや違う。
逃げたわけじゃない。
あいつは今、僕と同じ場所を見ていた。
そして笑ったんだ。
エクトスの狙いは――
「師匠!」
師匠の背後に伸びる影から、エクトスが現れる。
「やぁアルセリア!」
「エクトス!」
背後からの攻撃に師匠は反応した。
薄い氷壁を挟んで、大きく地面を蹴って距離をとる。
「来ると思ったよ!」
「そうだろうね? 君は昔から、そういう所でカンが良い! だが関係ないさ!」
エクトスの影が巨大化して、高波のように襲い掛かる。
師匠も同様に、氷塊で波を作り、影の波へぶつける。
「かつての力を失った君なんてこの程度だ! このまま押しつぶしてやるよ!」
「くっ、うっ……」
師匠が押されている。
辛そうな顔で耐えている。
何してるんだ?
早く動けよ。
「これで!」
「終わらせるか!」
「なっ――」
「フレイ?」
エクトスの影を拳で吹き飛ばした僕は、師匠を庇うように立ちはだかる。
「おいおい、君そんなに動けたのか? さっきのは演技だったのかな?」
「動けなかったさ。限界だったからな」
「だったらなんで動ける? 新しい術式でも使ったか」
「そんものはいらない。限界だろうと何だろうと、師匠を守るためだったら、僕は死体でも動くぞ」
僕は力強く拳を握る。
限界を超えて動いた身体に、まだ動けと言い聞かせるように。
「ふっ、はははははは! いかれてるよ君は! そんな理由で動いたのか? いやいや馬鹿すぎるだろ? あーあ、君は面白い。フレイだったっけ? 君のことはよく覚えておくよ。またいずれ――」
エクトスが影に沈んでいく。
「――会おう」
そう言い残し、エクトスは影と共に消えた。
「終わった……」
ああ、駄目だ。
気が抜けて身体が……
倒れ込みそうなった僕の身体を、師匠が抱き着いて止めた。
「師匠?」
「良かった……良かった。生きててくれて……フレイィ」
「……ちゃんと見てくれましたか?」
「見てたよ! 格好良かった! やっぱりフレイは最高だよ。大好きだ!」
「はい……僕も大好きですよ、師匠」
師匠がいてくれる。
師匠が好きだと言ってくれる。
それだけで良い。
それさえあれば――僕は誰にも負けないと思うんだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【あとがき】
第二章完結です!
新作を投稿しています!
タイトルは――
『異世界ブシロード ~チートはいらないから剣をくれ!~』
URLは以下になります!
https://kakuyomu.jp/works/16817330654739938629
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