49.証明しよう

「っ、フレイ」


 アルセリアは結界に専念していた。

 超広域の結界を維持するためには、莫大な量の魔力を消費すると同時に、微細な制御が要求される。

 目に見えない王都の端まで神経をとがらせ、攻撃の余波が届かないように気を張る。

 並みの集中ではない。

 一秒を維持するために、大量の汗が流れ落ちる。


「アルセリアさん!」

「き、君たち……何で?」


 そんな彼女の元に駆け寄ってきたのは、廊下まで一緒にいた三人。

 ジータ、エヴァン、エレナだった。


「一体何が起こっているんです? あの空にいる怪物は?」

「あれが魔神だよ。千年前に私たちが倒した……炎の魔神だ」

「炎の……魔神?」


 三人とも空を見上げる。

 まがまがしいオーラを纏った魔神を、氷の茨ごしに見る。

 魔術師ならば当然、魔術師でなくても、その迫力は一目でわかる。


「アルセリアさん! フレイはどこに?」


 エヴァンの質問に答えず、アルセリアは無言で上を見上げる。


「まさか……」


 三人が魔神と向かい合うフレイを見つけた。

 驚愕と同時に、不安がよぎる。


「相手は魔神なのだろう?」

「戦うつもりなのか? あれと……」

「無謀ですわ」

「私だってそう思う。だけど、フレイしかいないんだよ。あれと戦って、勝てる可能性がある魔術師は彼だけなんだ。本当なら私が戦うべきなのに……みんなお願い、街の人たちを出来るだけ王都の外周に集めてほしい。いざとなったら、王都から脱出できるように。守る場所が限定されれば、私にも余裕が出来るから」

「わ、わかりました!」


 余裕と言っても、多少結界の時間が伸びるだけ。

 しかし僅かな時間でも、フレイが安心して戦える時間がほしかった。

 焦らず、目の前に集中できるように。


 あとはもう――


「頑張れ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「はっは、今のを防ぐか。怖いねぇ、アルセリアより怖いんじゃないか?」


 エクトスが姿を眩ませる。

 魔力を感じるから、逃げたわけではなさそうだ。

 戦いに巻き込まれないように身を隠しただけだろう。


「良い、良いなオマエは。我の相手と認めよう。目覚めたばかりで魔力が鈍っている。丁度良い相手になりそうだ」

「そうか。だったらそのまま寝ぼけててくれると嬉しいね」


 僕は両手を合わせる。


 氷麗術式――【氷龍】。


「氷の龍か! それも懐かしいぞ」

「呑み込め!」


 氷の龍が天を駆け、魔神を呑み込もうと顎を開く。


「良い! こちらも龍で行こう」


 魔神は一瞬で、氷龍と同じ大きさで炎の龍を生み出す。

 二匹の龍が巻き付き、食い合う。

 炎を凍らせ、氷を溶かし。

 高熱と冷気の衝突は、空気を揺らす爆発となって霧散する。


「っ、こうも簡単に防がれるのか」

「これ良い光景だ。さてそろそろ――」


 瞬きをして、目を開くと、そこに魔神は消えて――


「戦いを始めよう」

「っ、くっ!」


 重い拳が振り下ろされる。

 僕は咄嗟に両腕でガードしたが、衝撃は抑えきれず吹き飛ばされる。

 吹き飛んだ先で茨に絡まったお陰で、衝突の勢いは弱まったが。


「っつ……」


 打撃の威力も凄いけど、一番は纏ってる熱だな。

 僕の【氷鎧】を突き抜けた。

 もしも守ってなかったら、僕の腕は溶けてなくなっていたな。

 魔力吸収も追いついてない。

 まともに受けると、魔力より先に身体がなくなる。


「さすがに強いな」


 でも、どうしてだろう?

 不思議と怖いとは思わない。

 むしろ直感的に思う。


「何か、勝てそうな気がしてきたな」

「なぜ笑っている?」


 魔神が近づき、僕に問いかける。


「まさか、もう諦めてしまったのか?」

「諦める? そんなこと微塵も考えてない」


 そう言って膝をたて、氷の足場を踏みしめて立ち上がる。


「僕が今考えてるのは……お前を倒した後のご褒美が何かなってことだよ」


 そう言って僕は笑う。

 その笑顔が気に入らなかったのか、魔神は激しく熱を発し燃え上がり激昂する。


「我を倒す? 倒すだと? オマエひとりでか? 思い上がるなよ人間がぁ!」

「思い上がってないよ。ただ、思い合ってるだけだ」


 魔神にはわからないだろうな。


「いくぞ」


 氷鎧を限界まで強化する。

 魔神相手に小技は通じないし、制御が難しい術はかえって負担になる。

 だったら一番制御がいらない肉弾戦を挑むまで。


 触れた物を溶かす高熱を纏った拳。

 触れた物を一瞬で凍結する冷気の拳。

 一瞬でも気を抜けば――死。

 背中に迫っているその死の手に掴まれないように、全ての攻撃を捌ききる。


「燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ!」

「その前に固めてやる!」


 互角、に見える戦いをしている。

 ただし、自分自身がわかっている限界。

 魔力の総量で劣っている時点で、互角の戦いを続けても、時間が経てば均衡は崩れる。

 だから最初から、殴り倒すために接近戦を選んだわけじゃない。


 一瞬だけ、あえて隙を作る。

 大きく空いた胴を、魔神が見逃すはずもなく。

 魔神の拳が腹を突き抜ける。


「ぐっ……」

「終わりだ。灰となって消え――」


 貫かれた腹からは血も出ない。

 それも当然。

 魔神が貫いたのは僕ではなく、僕に見立てて作った氷の像。


「ひっかかったな」


 氷像に突っ込んだ腕から魔力を吸って凍結させる。

 それで普段なら終わるけど、相手は魔神だ。

 すぐに抜けてくる。

 だけど、一瞬でも時間が出来ればいい。

 集中できるだけの時間があれば――


「氷麗術式……奥義」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る