25.初めてを君に

 魔術学園には時計塔がある。

 その最上階に学園長室が設けられ、そこに一人の教員が呼び出されていた。


「失礼いたします」


 中には学園長が厳しい表情で待っていた。

 その教員は学園長に問う。


「何の御用でしょうか?」

「……これに見覚えはあるかな?」


 ジャランと音をたて、机の上に置かれたのはネックレスだった。

 教員はピクリと反応したようだが、何食わぬ顔で惚ける。


「いえ、知りません。何かの魔道具ですか?」

「ああ、そうじゃ。魔力を予め込め、身につけた相手の意識を変容させる。何かを成し遂げなければならないという使命感に襲われ、感情の制御も乱れる」

「ほう。恐ろしい魔道具ですね」

「そうじゃな。何が恐ろしいのかと言えば、これを使った者が無知であったことじゃろう」


 学園長は意味深な言い回しをして、教員を見ながら目を細める。

 

「知っておるか? この魔道具には、流し込んだ魔力が残るんじゃよ」

「残る?」

「そう。簡単にもいうならば、痕跡が残るんじゃよ。誰が持ち主じゃったか、その残った魔力さえわかればのう」


 学園長が放つ圧と、眼光。

 教員は背筋が凍るような寒気を感じ、身体を震わせる。

 震わせた身体は熱を発し、汗が額から滴り落ちる。


「もうわかるじゃろ? ワシが何に、怒っているのか」

「わ、私は何も」

「今さら惚けるな。君が仕掛けたことはとっくバレておるんじゃよ」

「くっ……」

「おおかた、彼の魔術の情報を聞き出そうしたんじゃろう? 氷魔術に劣るなどあってはならないと認めておらん癖に、技術だけはほしいか。国の上の者たちも一枚かんでおるな?」

「そ、それは……」


 学園長は大きくため息をこぼす。

 国の者も、勝手なことをした教員にも、失望を露にする。


「ここはワシの学園じゃ。たとえ王であろうと、勝手な真似は許さん」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 報告に行った翌々日。

 珍しく僕は一人の時間が出来た。

 もろもろの理由の所為だから、あまり喜べない状況だけど、今は自由だ。

 そして――


「暇だなぁ」


 一人になるのは久しぶりだ。

 師匠が傍にいないのも、試験の時くらいだったな。

 店先で特にやることもなく呆けている。


「フレイさん」


 すると、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「何をぼーっとしているのですか?」

「ジータ。もう戻ってこれたの?」

「はい。学園長に報告はしましたので、後はお任せしてあります。あの方は公平に物事を判断してくださるので、心配はいらないでしょう」

「そう。で、僕の監視って続行なの?」

「はい。それについては続けるようにと」


 結局か。

 監視もなくなるかと期待したいのに。


「フレイさん、申し訳ありませんでした」

「え、ああもう良いって。あれは魔道具の所為だったんだから」

「いいえ、私の弱さが招いた結果です。見苦しい所をお見せしました。本来ならば謝罪だけでは足りないとわかっているのですが」

「足りているよ。それともまた夜這いするつもり?」


 ジータが頬を赤らめる。

 冗談のつもりだったし、軽くあしらわれると思っていたから意外だ。

 彼女が照れるなんて。


「馬鹿を言わないでください」

「はいはい」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 昼、夕方と時間が過ぎて夜になる。

 自室には僕と師匠がいて、師匠は自分のベッドに入っていた。


「あのー師匠?」

「……何?」

「いいかげん機嫌直して下さいよ」

「別に怒ってないよ」

「怒ってるじゃないですか」

「怒ってないよ!」


 バサッとベッドから出て僕に怒鳴ってきた。

 どうみても怒っている。

 一昨日からまともに会話も出来ていないし、顔も合わせてくれなかった。

 ようやく見られた顔は、プンプンと不機嫌いっぱいだ。


「やっとこっち見てくれましたね」

「ふんっ! 浮気者の顔なんて見たくないよ」

「何度も説明してるじゃないですか。あれは魔道具の所為だし、僕は手を出してません」


 師匠だって魔道具のことは知っているはずなのに。


「どうかな? ジータのほうがスタイルいいもんね」

「あのですねぇ、何度も言っているじゃないですか。僕は師匠以外に興味ありません」

「言葉なら……何とでも言えるよ」

「行動でも示しているつもりなんですが……」

「足りない。ぜーんぜん足りない!」


 師匠は突然服を脱ぎ始めた。

 僕が止める暇もなく、全部の服を脱ぎ捨てる。


「ちょっ、何してるんですか師匠!」

「君も脱いで!」

「はい?」

「ぬ・い・で!」

「ぬ、脱いでどうするんですか」

「お互い裸になってすることなんて決まってるでしょ! いいから早くぅ」


 師匠が僕のズボンを引っ張って脱がそうとしてきた。

 さすがに唐突だし、冷静とは思えなくて抵抗する。


「お、落ち着いてください師匠」

「私は落ち着いてるよ!」

「いや全然落ち着いて――」

「嫌なんだよ! 君が誰かと触れ合っているのが」

「師匠?」


 師匠の顔を覗き込む。

 瞳がうるんで、今にも泣き出しそうだ。


「私以外の女の人と……フレイが一緒にいるだけでも不安なんだ。いつの間にか、また一人になる気がして……だからお願いだよ。私のこと……フレイに染めて」


 やっぱり冷静ではないと思う。

 僕と裸同然のジータを見たせいで、師匠の中で何かが弾けたように。

 今まで見せたことのない表情で僕を見つめる。


 そんな顔されたら――


「師匠!」


 僕だってもう、止まれないじゃないか。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】

第一章完結です!


新作を投稿しています!

タイトルは――


『異世界ブシロード ~チートはいらないから剣をくれ!~』


URLは以下になります!

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