24.夜這いは師匠以外お断り

 完全に目が冴えた。

 誰かと思えば、ジータが僕のベッドに入り込んでいた。

 それも……ほぼ裸同然の格好をしている。


「良い夜ですね、フレイさん」


 うっとりとした目で僕を見つめるジータ。

 上下とも一枚ずつ。

 身につけているのは下着だけだ。

 いや、正確にはもう一つ身につけているものがある。

 服ではなく、紫色の宝石がはめ込まれたネックレスが。


「どういうつもり?」

「この状況を理解できませんか? 女が裸同然の姿で、男性の寝室へ来たのですよ?」

「……」


 師匠のほうへチラッと視線を向ける。

 スゥーと気持ちよさそうな寝息を立てていた。

 さっき眠ったばかりの師匠は、多少大きな声を出したり、身体を揺すっても起きない。

 酷いときは朝でも起こすのに時間がかかるくらいだ。


「どこ見てるの? ちゃんと私を見て」

「……君は誰だい?」

「何? 私の名前も忘れちゃったの? ここ数日ずっと一緒にいたでしょう?」

「ジータ……なのか?」

「もちろんです」


 そう言って徐に僕の手を握り、自分の身体に触れさせようとする。


「おい」

「ねぇフレイさん、私はあなたのことが知りたいんです」

「何を言っている?」

「教えてください。あなたのこと全部、隅々まで教えてください。教えてくれるのなら、私の身体も、隅々まで調べて良いですよ」

「ジータ、冗談は止めろ」

「ひどい人ですね。冗談で言うわけないじゃないですか。私の初めても、あげるっていうのに」


 いつものジータじゃない。

 五日程度の付き合いで、彼女のことを理解したつもりはないけど、目の前の彼女は正気じゃないとわかる。

 原因はやはりネックレス。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「どう見ますか? 師匠」

「う~ん……使用者を守る魔道具ではなさそうだね」

「やはりそうですか」

「うん。でも魔道具から魔力が流れているし、装備しているだけで何らかの作用がある……流れているのは脳へだ」

「脳?」

「そう。おそらく意識変容もたらす術式……洗脳かもしれない」


 洗脳?

 それよりパッと見ただけで魔力の流れる先までわかるのか。

 さすが師匠だ。

 僕も師匠から魔道具についていろいろ教わったけど、わかることは限られる。


「ねぇジータ」

「何ですか?」

「そのネックレス綺麗だね。誰かからのプレゼントかな?」

「ネックレス? ああ、これは……そうですね。誰かから貰った物……だと思います」


 歯切れの悪い回答だった。


「すみません、よく思い出せなくて」

「そう。変なこと聞いてごめんね」


 今の会話で師匠は何か分かったようだ。

 僕のほうへ近づき、小さな声で囁く。


「気を付けたほうが良さそうだね」

「洗脳ですか?」

「おそらくね」

「だったらネックレスを外せば良いのでは?」

「そうだけど、あの手の魔道具は無理やり外すと後遺症を残すことがあるんだ。もし外すなら、彼女自身の手でするべきだね」

 

 他人に外される場合でも、脳に障害が残ることがあるらしい。

 僕たちに危険が及んでいない現状は、様子を見るという話でまとまった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして今、危険ではないけど異常な状況には陥っている。

 

「ねぇ早く、もう我慢できないわ」

「駄目だよ。僕は君に、何もするつもりはない」

「……どうして?」

「僕は師匠にしか興味がないんだ。わずかでも一緒にいたんだから、それくらいわかるだろう?」


 もっとも今の彼女に、それを理解することは難しいだろうけど……

 さて、どうやってネックレスを外させる?

 ネックレスだけ凍らせれば、効果を止められるか?

 いや、すでに脳へ魔力が流れてしまっているのなら、無理やり破壊したことと変わらないか。


「何で……どうして? 私じゃ不満なの? 足りないっていうの?」

「ジータ?」


 何だ?

 急に様子が……


「私が魔術師じゃないから? あなたよりも劣っているから?」

「そんな話はしていないよ」

「そうよ、そうに決まっているわ。あなたも結局そうなのね。魔術師以外は何の役にも立たないっていうのね。さぁ一緒に楽しいことをしましょう」


 脈絡なく話し続ける。

 前後の繋がりも不自然で、まるで別人が話をかぶせているようにも聞こえる。


 どういうことだ?

 洗脳と言っても完全なものじゃないのか?

 どちらかが……怒っている方が、彼女の本心?


「魔術師なんてみんな同じよ。期待した私が――ねぇ早く、あなたの全部を教えて」


 わからない。

 抗っているのか?

 それとも偶然、彼女の中にあった感情が溢れ出ているのか。

 狂人化のそれに近いけど、混ざりあってはいない。

 感情と洗脳で植え付けられたであろう意識がせめぎ合っている。


 そして今は、秘めた感情のほうが勝っているように見える。


「ジータ、僕は君を見下したりなんてしていない。人間の優劣は、魔術の有無では決まらない。僕は嫌というほど……それを知っている」

「何を言って……嘘よ。そんな話はいいから」


 ちぐはぐな反応。

 僕は構わず彼女に語りかける。


「魔術師だろうとなかろうと、他人を見下す人間はいる。悲しいけど、目の届く所にいるんだ。君が劣等感を感じているのはわかった。だけど、だからって投げやりになっちゃダメだ。全部が悪いと、不公平に見ちゃダメだ」

「私は……」

「君は真面目で、監視対象である僕らにも誠実に接してくれた。それは間違っていない。君のやっていることは正しいと思う。でも今のこれは、君の意思じゃないだろう?」

「……ぅ、うっ、違う」


 苦しんでいるのか。

 抗っている。

 だけど今なら出来る。

 僕は彼女の手を優しく握り、ネックレスへ伸ばさせる。


「愚痴くらいなら聞くさ。どうせまだ一緒にいるんだし、悩みがあるなら師匠にも相談しよう。きっと良い解決策を出してくれる。だから――」


 ネックレスを外す。

 彼女自身の手で、僕に握られながら。


「こんなものはいらないだろう?」

「……はい。ありがとう……ございます」

「どういたしまして」


 ようやく、彼女だけが残った。

 瞳がうるんで、涙がポツリと落ちる。

 それを拭ってあげた。


「ぅう~ フレイ……」

「師匠」

「誰かいる……の?」


 おっと、この状況はまずい。

 普段なら起きないのに、最悪のタイミングで目が覚めたようだ。


「あ、あの師匠」

「う、う……浮気者おおおおおおおおおおおおおおおおおお」

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