23.胸元のネックレス

「ここでしばらくお待ちください」

「はーい」


 師匠がやる気のない返事をする。

 魔術学園の校舎、その一室に僕たちはいた。

 僕たちも同行したが、報告の場にはジータしか入れないらしい。

 ジータが部屋を出て行く。

 どこか寂し気な表情を見せ、僕たちに背を向けるジータ。


「あーあ、休みなのにな~」

「……師匠」

「ん?」

「彼女の胸元なんですが、変わったネックレ……師匠?」


 師匠がムスッとしながら僕をジト目で見ている。


「……どこ見てるのさ」

「え? 胸元の」

「おっぱい見てたんでしょ! やっぱり大きい方がいいんだ!」

「ぶっ! 違いますよ違う! ネックレスです!」

「ネックレス?」


 師匠は首を傾げた。

 どうやら気付いていなかったらしい。

 お陰であらぬ誤解を生みかけたが、僕は続けて説明する。


「変わった形のネックレスだったんですよ。それに魔力が漲っていた」

「じゃあ魔道具?」

「だと思うんですけど、どういう物かはさっぱりで。師匠ならわかるかなって」

「う~ん、見てないからな~ でも普通に考えて、自分の身体を守るものじゃないかな?」

「……だといいんですけど」


 根拠はなく、ただの直感で思う。

 あれはそういう類の魔道具ではないだろうと。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「失礼いたします」


 ジータが報告のために部屋へ入る。

 中にいたのは、一人の教員と二人の王城から来た使者だった。


「来たか。では報告を」

「学園長どちらに?」

「あの方はお忙しいのだ。よって私が後に伝えておこう」

「しかし報告は学園長がいらっしゃる場でするようにと……」

「構わん、早く報告しなさい」

「……わかりました」


 ジータは渋々報告を始める。

 まだ五日しか経過しておらず、大した変化はない。

 報告の内容も、日常生活の様子を伝えただけだった。


「以上です。現状では特に、おかしな言動や行動は見られませんでした」

「そんなことはどうでも良い。彼の魔術について、何かわかったことはないのか?」

「魔術に関しての聴取は行っておりません。私が命令されているのは、彼の生活を監視することだけですので」

「何を馬鹿なことを言っているのだ! 彼の容疑を忘れたのか? 魔術の真偽を確かめることこそ、最も重要なことだろう!」


 教員は声を荒げた。

 言っている意味はわかるし、間違ってはいない。

 ただ……


「でしたら、ご自身でお聞きになられてはどうでしょう? もしくは先生方や学園長を交えて、彼の魔術の検証を行うなどして。それなら彼も了承するはずですが」

「……それでは意味がないのだ」

「どういう意味ですか?」

「わからんのか? ならばいい、君はもう下がれ」

「……はい」


 ジータが部屋を出ようとする。


「少し待ちなさい。ネックレスはちゃんと付けているのか?」

「はい。こちらに」

「そうかそうか。しっかり身につけておきなさい。それは万が一の時に君を守ってくれる。学園長からの大切な贈り物だ」

「はい。ありがとうございます」


 パチンッ!

 誰かが指を鳴らした。

 不自然すぎるタイミングで音が響く。


「失礼します」


 しかし彼女は気づかない。

 否、気づけない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 しばらく待っていると、ジータが部屋に戻ってきた。


「お待たせいたしました」

「おかえり。報告は無事に出来たの?」

「はい」

「あ、あのさ……私たちの関係も……本当に伝えたの?」

「もちろんです」

「くぅ~」


 師匠が顔を両手で隠して小動物みたいな声で唸っていた。

 

「こ、これから噂になったらどうしよう……」

「良いじゃないですか別に。噂になってくれた方が、変な奴が師匠に近づかなくて安心です」

「そ、そういうもの?」

「はい。それとも僕とそう言う関係だって知られるのは嫌ですか?」

「嫌じゃないって!」

「だったら良いじゃないですか」


 師匠は可愛くムッとして、諦めたようにため息をこぼす。

 小さく微笑み、僕に「そうだな」と呟いた。


「話は終わりましたか?」

「あ、うん」

「では――」


 それは何の脈絡もなく、自然と伸ばしたように。


「行きましょう」

「え?」

「なっ……何で手なんか繋いでるのさ!」


 ジータはさりげなく、僕の左手を握っていた。

 そのまま歩き出そうとしたけど、師匠が慌てて手を離させようとする。

 ジータも何かに気付いたのか、自分から離した。


「どうして……」

「ジータ?」

「いいえ、すみません」


 意外だったという顔をしていた。

 まるで、自分の意思ではなかったかのように。


「師匠」

「フレイも何ですぐ離さないんだよ!」

「い、いやそれよりさっきの話ですよ。彼女の胸元」

「やっぱりおっぱいなの!」

「でかい声で言わないでくださいよ!」


 師匠は冷静さを失っていた。

 

 その日の夜。

 師匠の寝息が聞こえて、僕も眠りに入ろうとしていた。

 

 ガチャ――


 微かに扉を開けた音が聞こえて、沈みかけていた意識が戻される。

 されにベッドが揺れ、誰かが圧し掛かってくる。


「こんばんは」

「ジータ?」

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